言葉を失ったあとで2022年07月02日

 信田さよ子、上間陽子 <筑摩書房・2021.11.30>

 依存症やDV被害者などのカウンセラーとして長年、活動してきた信田と、沖縄の夜の街で困難をかかえて働く少女達の調査研究をしながら彼女らの支援を続ける琉球大学教授の上間との対談本。コロナ禍のためにオンラインによる5回と、実際に会った最後の1回の計6回の対談が記録されている。ベストセラーの「海をあげる」を読んで知った上間に興味を持って読み始め、後期高齢者という信田と上間は親子ほども年齢が違うが、上間と同様に現場をよく知る信田とのきわめて率直な対話に感心した。冒頭の信田の「まえがき」にあるように、上間の適切なあるいは意表をついた問いかけに信田が自身の経験から出る言葉があり、それに対して上間が自分が接してきた少女達の言動を重ねていく。性暴力やDVの被害を受けた女性達の困難、生きづらさが伝わってくると同時に、彼女らに寄り添い、活動している2人の真摯な姿勢は本物と感じた。2人は互いに著作などを通して知っていたものの話をするのは初めてだったそうだが、双方がレスペクトし、共感し、かつ刺激し合うこのような対談は滅多にないだろう。
 対談の内容はきわめて重く、性暴力やDVによって言葉を奪われた被害者の声を引き出して「聴く」姿勢は、「「ひきこもり」から考える」の石川良子が言うことと共通する。信田は話を聴くプロとしての様々なノウハウも語っているが、印象的だったのは、いくつかの言葉を禁じるということ。「意志が弱いから」「母の愛」「自己肯定感」「親だから」などは別の言葉に言い換えさせることによって、被害者がより自分の体験にそぐう言葉を考えるようになるという。さらに著者らは、信田はカウンセラーという仕事を通して、上間はボランティアとして、被害者の回復の手助けをしている。またこの対談では、加害者についても多く語られていて、加害者に対する再犯防止プログラムの重要性を説いている。世界中でDV加害者プログラムに公的に言及していないのは、一説によると北朝鮮と日本だけ、という。周囲に性暴力やDVの被害者がいないため(会っていてもこちらが気付いていないだけかもしれないが)私に実感が乏しいことは否めないが、日本の犯罪者一般に対する取り扱いは罰に重きを置き過ぎて、再犯防止を軽視していることは感じていたので、加害者プログラムの重要性は納得できた。本書でも言及されている映画「プリズン・サークル」は是非、どこかで見てみたい。
 ちょうど、NHK-の番組「ハートネットTV」で上間の活動が紹介されているのを見た。内容は本で知っていることが多かったが、本書での雄弁な語り口と異なり、沖縄の少女たちの状況を静かに説明する上間の姿が印象的だった。

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