サイレント・アース 昆虫たちの「沈黙の春」2023年02月19日

デイヴ・グールソン (藤原多伽夫・訳)<NHK出版・2022.8.30>

 内容はまさに副題の通りで、日本人には原題の副題 Averting the Insect Apocalypse(昆虫の黙示録の回避)より遥かにわかりやすい。著者は昆虫(特にマルハナバチ)生態学の研究者であり、本書にも登場するネオニコチノイド系殺虫剤の使用禁止をEU全域に実現させた運動の立役者というから、現実の世界を良くするために活動している人のようだ。レイチェル・カーソンの本ほどに歴史に残るかわからないが、本書も人類による地球の生態系の破壊に対して警笛を鳴らし、さらにあらん限りの方策を挙げてその回避を訴えている。広く読まれるには内容を少し盛り込み過ぎている気がするが、重要性は非常に高いと思った。
 本書では、世界の昆虫は非常に減少しており(生息地および個体数の減少、報告によっては9割減)このまま進行すると地球の生態系に大きなダメージを与えると主張している。これまで意識したことがなかったが、確かに昆虫は顕花植物の受粉に重要であり(花粉運びのほとんどを担っていて、ヒトが栽培する作物の4分の3の受粉をしているそうだ)、さらに昆虫は鳥や小動物の餌でもあるから、食物連鎖を考えれば動物界全体に対しても非常に影響が大きいことは充分に納得できる。著者は昆虫が大好きなのでその減少を阻止したいと考えるのは自明のことであるが、一般の人がそうではない(蚊は単にうっとうしいだけでなく感染症を媒介するから、いなくなれば私も嬉しい)ことは理解しているので、本書では先ず最初にヒトが地球で生きていく上での昆虫の重要性を説明し(政治家を動かして世の中を変えるにはこれが重要)、次に実際に昆虫が、多様性ばかりでなくその生息数も減少しているデータを示すとともに、考えられる原因を挙げ、さらに様々なレベルでの対策を提案する、というのが本書の流れである。
 人新世(人類が地球の生態系に大きな影響を与えたとして提唱されている地質学的区分)において多くの大型哺乳類や鳥類などの脊椎動物が絶滅したことは良く知られているが、昆虫も含めた多くの無脊椎動物も人知れずひっそりと絶滅し続けていると考えられている。2017年、ドイツ全域の自然保護区において、1988年から2016年までの27年間で飛翔性昆虫の生物量が76%減少した、と著者を含めたグループが報告した。その後、様々な種の昆虫の長期的な減少が欧米を中心に報告され、さらにイギリスにおける食虫性鳥類の大幅な減少も示されている。「これまでにわかっている証拠からは、昆虫のほか、哺乳類や鳥類、魚類、爬虫類、両生類もすべて数十年前に比べて個体数が大幅に減少していることが示唆される」という。ただし、その変化はゆっくりであるため気付かれにくい。
 昆虫が減少した原因として考えられるのは、すみかの喪失(大きくはアマゾン熱帯林の消失や大規模な集約的農場の拡大など、昆虫の観点で見ると集約的農場はほとんど何の役にも立たないそうだ)、汚染された土地(農業、牧畜業、ヒトやペットに対してなどで膨大に使われている殺虫剤のほか、除草剤や殺菌剤など)、除草(畑や芝生から除去される野生の草花)、緑の砂漠(牛に食べさせるための「緑の大地」はミツハチやチョウにとって無益)など多岐にわたり、10の章でそれぞれ詳しく説明している。たとえば殺虫剤について、ヒトや動物に対して毒性の強い薬剤は使われなくなってきたが、虫に選択性が高く強力な化合物が次々と開発され、それらが全世界的に使われていて、農場以外にも広く拡散するため、多くの昆虫たちが影響を受けている。また、私はペットを飼ったことがないのでよく知らないが、犬や猫のノミやダニの駆除に使う薬剤もその多くが環境中に流出して害を与えているという。マイクロプラスチックが深海にまで分布するようになったことと同じで、たとえ局所的に使われる薬剤てもそれが積み重なって膨大になれば地球規模であらゆる場所に影響を与える。
 私にとってショックだったのは、これまで土壌に残らないと思って使っていた除草剤のグリホサート(商品名ラウンドアップ、など)が実は残留性があり、かなりの悪さをする可能性がある、ということだ。グリホサートはアメリカの大企業、モンサントが開発し、この薬剤に耐性を有する遺伝子組み換えダイズやトウモロコシとともに世界で広く使われている除草剤で、ヒトへの発ガン性も指摘されている。残留性がないというのは企業サイドのデータであり、今では残留性があるとする報告も多数出ていて、著者も何年も前から使うのを止めたという。現在、世界中で使われているグリホサートその他の除草剤の量は増加し続けていて、それらは農園だけに留まらずに、風などによって飛散し、遥か離れた土地にも溜まり続けているという。
 「私たちにできること」として最後の5章で書かれている対策には、世界の農業のやり方を根本的に変える、人類の食生活をベジタリアンやビーガンに近づけるなど、今の常識では実現可能性が低いと思われるものもあったが、できそうなこともいろいろある。上記のグリホサートや、芝生や庭の草取りの害など、私にとって悪いニュースがあった一方、良いニュースもあった。イギリスの各地で調べた結果、都市のあらゆる生息地の中で、昆虫の多様性が最も高いのは市民農園で、庭や墓地、公園、自然保護区よりも種類が多かった、という。その理由はおそらく、多種多様な作物や花々が栽培され、概して農薬の使用が少ない、といったことだろうとしている。これらの事柄は全て私の畑にも当てはまり、イギリスの一般的な市民農園の広さは 2.5 アールだそうだから、面積としてもほぼ同じだ。グリホサートの使用は考え直さなければならないと思うが、トータルで見れば私が自分の敷地内でやっていることは「昆虫に優しい」のかも知れない。
 その他の対策の中で最も納得したのは、子どもたちに対してもっと博物学や生態学の教育を進めようということだ。特に小学校レベルの子どもにこそ、生物たちの関連をわかりやすく伝えるべき、というのは大変もっともなことと思う。生物学の研究の最先端はどうしても細かいことになるが、「木を見て森を見ず」にならないよう生態系全体の理解を高めることは確かに重要であり、実生活と生態系の関連を知ることは早ければ早いほどいい。
 先に読んだ「超圧縮地球生物全史」に書かれていた人類の未来の話と共通して、今からで間に合うかどうかわからないし、私が生きている間にそれを知ることはできないだろうが、たとえ無駄な抵抗であろうとも、生態系の破壊を減らすような生活を心掛けたいと改めて思った。