文化がヒトを進化させた 人類の繁栄と〈文化-遺伝子革命〉2022年08月25日

ジョセフ・ヘンリック (今西康子訳)<白揚社・2019.7.26>

 2年前に読んだが、そのときの短いメモに寄れば書き方が気に入らず、あまり印象が良くなかったようだ。それを全く忘れていて、別の情報から興味を持って読み始めて再読であることに気付いた。何故か今回は何の不満もなく、充分に面白かった。自分は絶えず変化しているということだ。
 ヒトが賢いのは個人ではなく、集団として知恵を寄せ合い蓄積していくからだ(集団脳)。ヒトは他人の真似をすることが得意であり、集団で得た知恵を文化として継続、進化させていく(文化進化)。さらに文化進化が集団間競争の中で選択圧となって遺伝子進化を促し、両者が合わさって数百万年かけて現在のホモ・サピエンスが誕生した、というのが著者の主張の骨子である。
 ヒトは幼い頃から周囲を観察し、モデルとすべき適切なヒト(信頼できる大人、技法に優れた先輩、など)を選んでその真似をする。チンパンジーと比べてもヒトの方が理屈抜きで真似をしようとする(いわゆる猿真似)、という。またヒトの乳幼児は未知の人工物は興味を持って触るが、未知の植物については周囲の大人を観察し、大人が触れば自分も触ろうとする。植物には危険なものがあるため、むやみに触らないようにしているらしい。このように、ヒトには生きる上で必要なことを模倣し、文化を継承することが遺伝的に備わっていると考えられる。
 集団脳による文化進化は個人の能力を遥かに上回る。世界の主要作物の一つであるキャッサバはそのまま食すると体内で有毒なシアン化水素が発生するが、南北アメリカ大陸の住民は何千年も前から高毒性のキャッサバを主食としてきた。彼らははるか昔から、何段階もの手順を要する面倒な毒抜きを行なってきたのであるが、一般のヒトがその作業を見ても毒抜きの理屈を理解することは難しく、またシアンの慢性毒性が出た場合にキャッサバとの因果関係を見抜くことができるか疑わしい。実際、17世紀にキャッサバがポルトガル人によってアフリカ大陸に持ち込まれた後、現在に至るまで、慢性シアン中毒はアフリカの深刻な健康問題の一つという。その他、トウモロコシのアルカリ処理によるベラグラ予防(ナイアシン摂取)、授乳中や妊娠中の食のタブーなど、長期間にわたって蓄積された集団脳の例は多く、それらは理屈からではなく長い歴史の中での経験から生まれたもので、因果関係はわかりにくい。従って、それぞれの手順の意味を深く考えて不要と思えば簡易化するなどということをせず、過剰模倣(猿真似)をすることが重要であり、その資質がチンパンジーになく、ヒトにはあるらしい。
 ネアンデルタール人はホモ・サピエンスと比べて脳容量が同等か大きいが、最終的には滅びた。これは集団脳の差による、と著者は考えている。大きな集団脳が生まれるのは、社会集団の規模が大きく(ダンバー数の理屈と合わない?)、成員同士の結びつきが強く、さらに成人後の寿命が長い場合とし、ホモ・サピエンスはこれらの点で優っていたため、文化進化が進み、ネアンデルタール人より脳容量が小さくても勝ち残ることができたのではないか、という。
 現代は様々なテクノロジーや医療が発展したために、もうヒトの進化は止まったとする考えがあるが、著者の理屈では、ヒトの遺伝的進化は太古の昔から文化の影響を受けてきたのであり、現在の状況は単に、文化進化がヒトの遺伝的進化をまた新たな方向に向かわせているにすぎない、という。なるほど、という感じだ。本書の主張にほぼ説得された気がする。
 最後に、また自分ごと。ヒトは読み書きの訓練をすることによって視覚野の一部が特殊化され、その能力が高まるが、それにはコストが伴い、どうやら顔認識が苦手になるらしい。「私はその話を聞いて少しほっとした。これで、人の顔をすぐに忘れてしまう言い訳ができたぞ、・・私は顔認識用のファームウェアの一部を、大好きな読書用に譲ってしまったのです、と言えばいい」と著者は言う。私も弁解の必要があるときにはこの手を使おう。

コメント

_ 児玉龍彦 ― 2023年01月16日 23:09

年賀状で読書のブログとお聞きして、一部、拝読しました。まず、「安楽死」の話、興味深く読ませていただきました。たくさんの項目あり、これからも楽しみです。「文化がヒトを進化(?)させた」、私も顔認証能力が極端に低いです。

_ のうかのまねごと ― 2023年01月17日 22:38

お忙しいのにコメントをありがとうございました。この数ヶ月も読書は続いているものの、ブログ用のメモ書きが億劫になり滞っていました。いただいたコメントを励みに、再開したいと思います。またお会いする機会を楽しみにしています。

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://ntryhb.asablo.jp/blog/2022/08/25/9520522/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。