ほくはテクノロジーを使わずに生きることにした2022年09月03日

マーク・ボイル (吉田奈緒子訳)<紀伊国屋書店・2021.11.27>

 日本では、著者の最初の本「ほくはお金を使わずに生きることにした」からちょうど10年後の国際無買デーに本書が発行された。表紙の写真でも、著者が若者からおじさんになって年月を感じさせる。訳者あとがきによれば、著者の「カネなし生活」は結局3年近く続き、その後、著書の印税によって故国アイルランドに、5年間無人だった12,000 m2の農場を購入して、仲間とともに移住。誰もが無銭経済(ローカルな贈与経済)を体験できる場所作りを始めたという。
 著者は20代から動物の権利運動にも関わるビーガン(卵や乳製品も摂らない徹底した菜食主義者)だったが、植物性タンパク質を摂るために輸入品の豆類などの外国産食品に頼ることに疑問を感じ、代わりに自分で釣った魚や交通事故で死んだシカを食べるようになって、より自然に近い、昔ながらの生活になった。それをさらに徹底させたのが、本書でいうテクノロジーを使わない生活で、太陽光発電もせずにパソコンや携帯電話も含めた一切の電気製品を使わず、農耕や土木の作業でも頼るのは人力だけ、としたようだ。また、カネなし生活のときは拾ったライターでストーブを点火したが、今は自力で火を起こしている。親に会うための数百キロの移動ではヒッチハイクしたが、20世紀半ばまで自給自足生活が営まれていたというイングランドの離島に行ったときは、親切なドライバーの誘いを断って全て歩いた。本書には、使わないようにしたというテクノロジーの明確な定義が書かれていないが、産業革命以前の生活なのかも知れない。但し自転車は使っている(19世紀に誕生したらしい)。本書の発行にあたり、タイプ印刷が必要なことは納得し、そのために短期間だけテクノロジーを使うことにして自分でタイプ(パソコン入力?)したそうだ。カネなし生活は当初から期間限定のつもりだったが、今回の場合は本書を読む限り、今のところずっと続けるつもりなのかも知れない。
 環境を破壊する現代のテクノロジー全盛時代に異議を唱え、地球上の全生物との共生を願う著者が、自ら実践しようとするその徹底ぶりには驚嘆するが、全テクノロジーを否定することが「地球にやさしい」のかという疑問もあるし、環境保全の意識はそれなりに高いつもりでいる私が本書を読んでも、自分の行動にいささかの影響も与えられなかった気がする。本書の原題はThe Way Home(家へ帰る道)。著者は「原始人になる」ことにしっくりこないというが、原題を見ると方向性としては単にアイルランドに戻るというだけでなく、昔のアイルランドの生活へ、ということなのだろう。つい、何と酔狂な人がいるもんだ、と思ってしまうが、著者と同じ体験ができる施設を作り、訪れる人に無料で解放しているので(巻末にその際の心得が載っている)、実験的な試みとして有意義なのかも知れない。イギリスのTVドキュメンタリーで取り上げられたというから、それなりに注目もされているのだろう。

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