直立二足歩行の人類史 人間を生き残らせた出来の悪い足2024年02月24日

ジェレミー・デシルヴァ (赤根洋子・訳)<文藝春秋・2022.8.10>

 著者は恐らく40歳代の古人類学者。足への専門性が非常に高く、世界各地の研究者と交流があって化石に関する種々の共同研究を行なっているらしい。最初の著書である本書では化石の詳細な解析を元に、進化の過程で起きた足骨格の変化から歩行の仕方を読み解き、原著の副題 ”How Upright Walking Made Us Human” に示されている通り、ヒトをヒトたらしめている種々の性質との関連を考察している。人類の進化の過程で二足歩行が始まったのは樹木から地上に降りて暮らすようになったからではなく、まだ樹上生活をしていたときから既に木の上を直立して歩いていた、という最近の説は以前に読んだ本で知っていたので、目新しいことはあまりないかも、と思って読み始めたが、さすが「足首専門家」らしく非常に詳細な骨格の解析が示されており、知らないことが多々あって、充分に楽しめた。また話の構成も巧みで、アウストラロピテクスの「ルーシー」、ホモ・エレクトスの「ナリオコトメ・ボーイ(トゥルカナ・ボーイ)」など重要な化石は現地に赴いて実物を観察するなど、他の研究者との関わり方にも好感が持てた。
 著者は「人類という種を定義づける諸々の変化(脳の巨大化、子育て法の変化など)が二足歩行によって初めて可能になり」「それらの変化のおかげで誕生の地アフリカから地球全体へと広がった」と考えている。本書では、第一部で化石が示す直立二足歩行の起源について考察し、第二部でヒトの進化における二足歩行の重要性、第三部で「効率的な二足歩行のために必要になった解剖学的変化が現代人の生活に与えた影響」、結論の章で四足歩行と比較して二足歩行には不利な点が数多あるにもかかわらず、人類がそれを乗り越えて生き延び、繁栄したことの理路を記している。
 ヒトの歩行に関する進化の道筋は、類人猿のナックルウォーク(拳を使った四足歩行)から次第に立ち上がって、前屈みの二足歩行になり、最終的に直立するという図(有名な絵らしい)が印象にあるが、今の有力な説では樹上生活のときに既に直立二足歩行になり、さらにそれはチンパンジーなどの類人猿とヒトが枝分かれした時代(600万年頃と言われる)より遥か以前の1000万年前にまで遡る可能性があるという。もしかしたらヒトが4本足から2本足になったのではなく、チンパンジーが2本足からナックルウォークを始めたかも知れないのだ。但し、樹上での二足歩行の際は足で樹木を掴むために親指が(ヒトの手のように)横に突き出していて、現在のヒトの足親指の向きは地上での歩行が始まってから進化したと考えられている。
 哺乳類の中で唯一、人類の系統だけが二足歩行をしているが、四足歩行の動物に比べて走る速度がかなり遅く、ヒトの祖先が地上生活を始めた時代に栄えていた肉食動物から逃れるためには非常に不利と考えられる(恐竜やその生き残りであるダチョウなどの飛ばない鳥類の二足歩行はヒトと比べて遥かに速い)。それにも関わらず、直立二足歩行の人類が現在まで生き延び、発展したのは、不利を補って余りあるメリットがあったからで、本書にも記述されているが、ここでは省略。また良く知られるように、脳の大きさと難産も歩行と骨盤の変化が重要であるなど、第三部も興味深いがそれも省く。
 二足歩行であることは足や足跡の化石だけでなく、頭蓋骨からも示唆される。四足歩行をする類人猿では脊椎につながる穴が頭蓋骨の後ろ側にあるのに対し、直立二足歩行をするヒトでは頭蓋骨の下側にあるからだ。さらに骨盤の形からも類推されるなど、必ずしも足の化石が見つからない種であっても、二足歩行の進化の歴史に位置づけることができるらしい。
 他に私に新鮮だったのは、1000万年前の人類の祖先たちはアフリカではなく、当時温暖であったヨーロッパに生息していた可能性だ。上述した、ヒトと類人猿の共通祖先と思われる複数の種の化石はヨーロッパで発見されており、この類人猿たちが700万年前から400万年前の間に、後退する森を追ってヨーロッパを出て、中央アフリカや東アフリカに移動した、と考えられているらしい。またホモ・サピエンスと過去に共存していたネアンデルタールやデニソワ人はユーラシア大陸で進化し、アフリカから来たホモ・サピエンスと交配して、現在のヒトとなった。人類の進化は全てアフリカで起こったわけではないことを改めて認識した。