土偶を読むを読む2025年04月19日

望月 昭秀ほか <文学通信・2023.4.28>

 昨春に読んだ本。今回、メモを作るために再度借りてきたが、全体を読み直す気が起きず、ほんの少しの拾い読みで済ませたので、以下は1年前の記憶。
 本書では、以前に読書メモを残した「土偶を読む」を考古学者たちが徹底的に批判して、土偶は食用植物をかたどったフィギュアだという竹倉説を木っ端微塵にしている。これはこれで充分に説得力があり、納得させられた印象が残っている。ネットで調べても今の時点で竹倉からの反論は全くないようで、本書の著者らが竹倉との討論会を本人や「土偶を読む」を出版した晶文社に申し込んだが断られた、との記事が見つかった。
 以前のメモで絶賛したように、私も「土偶を読む」を感心しながらとても面白く読み、専門家の意見を聞きたいと思っていたが、結論としては素人が事実に反するデータを示して奇想天外な説を出しただけ、ということで終わったようだ。やはり専門家の意見を聞いてから判断しないとわからない、ということか。

当事者は嘘をつく2025年04月18日

小松原 織香 <筑摩書房・2022.1.26>

 何年も前から読みたいと思っていた本。いわゆる「当事者研究」ではなく、当事者が苦しみ抜いて研究者となり、事件から20年以上たってカミングアウトした話である。NHK「こころの時代」で著者の言葉を聞いてさらに興味を持ち、読み終えたあとにまた録画を見直した。
 最初に著者が苦闘の末にたどり着いた「回復の物語」を記す。
 「私は19歳のときに性暴力の被害に遭いました。その後、トラウマに苦しみ、死を考えるほど追い詰められていました。でも、自助グループにであって、自分の経験を仲間たちと分かち合うなかで、回復することができました。それから、私はもっと性暴力の問題を追求したいと考え、大学院に進学しました。いまは研究者として活動しています。」
 本書はこの経過の詳細を描いたもので、その時々にどのような状態で、どう考え、どう行動したか、を研究者らしい目線で分析している。
 著者は、性暴力被害者に限らず、様々な原因でトラウマを抱える若い人が今後の人生を考える上で、あるいはそのような当事者の心情を理解するのに役立つかも知れないと考えて本書を書いた、という。「この本の目的は、性暴力の被害を告発することでも、被害者の苦しみを訴えることでもない。過去の強烈な経験を引きずりながら生き延びるなかで私が見た風景を描くことだ。」「真実を明らかにするためではなく、私の生きている世界を共有するために。」
 著者の研究テーマである「修復的司法 Restorative Justice」は、国家が犯罪者を処罰することで問題の解決をはかる刑事司法に対して、被害者と加害者の対話を中心に置いて問題解決を目指す。著者の研究内容は博士論文を書籍化した「性暴力と修復的司法ーー対話の先にあるもの」(西尾学術奨励賞受賞)でわかるだろうが、読んでないので知らない。司法による問題解決には被害者の回復と加害者の更生(再犯の防止)の両方が含まれると思うが、これまで私が関心を持って読んできた坂上香は後者の視点なのに対して、本書を読む限り著者の場合は前者にある。
 著者のトラウマは精神科医療で全く改善されず、2年足らずの自助グループへの参加によって冒頭の「回復の物語」を得て生き延びた。また著者は性暴力被害者に対する善意の支援者に対して「顔が紅潮し、血が沸騰するような怒りで爆発寸前」になる経験をした。当事者が欲する「私を理解して欲しい」という願いを医者も支援者も受け止めることはなかった、という。(後に訪れたノルウェーの医療者なら寄り添ってくれただろうに、と涙したそうだ。)著者は加害者に対して殺したいほどの怒りをもつ時期もあったが、「赦し」を与えることを考え続けた。一方、医者やカウンセラー、研究者などの支援者は終始、著者にとって「敵」であり、彼らに対する怒りのエネルギーが著者を研究者にした、と私は理解した。
 著者は当事者と研究者の狭間で苦悩しながらも、当事者であることを伏せたまま長らく研究を続けた。その葛藤も本書に詳細に記されている。著者は学位取得の目処が立った頃から水俣病の修復的司法に関心を持ち、当事者ではない単なる支援者として水俣の人々と接するようになった。すなわち自身が憎んだ立場に身を置いたときの「風景」も本書に記している。
 タイトルは著者がいつも気にしていることで、無意識のうちに嘘をついているのではないか、自分の言葉に嘘が含まれていないか、という自省の気持ちを表しているが、もう一つ、当事者であることを隠して、単なる支援者のふりをして研究者を続けてきたことも含まれる。
 著者が経験した「トラウマ」は私がこれまでイメージしていたものを遥かに超えていて、サバイバーという言い方が納得できた。またそれが著者だけに起きたのではないことは、多くの被害者の分析をした精神科医や被害者サバイバーの文章の中に「これは自分のことだ」と著者が感じたという言葉に表されている。本書は当事者だけが持つそのリアリティを、研究者目線で長期間に渡って記したことに価値がある。なるほど、そう思うのか、という記述が多数あった。性暴力に限らず、おそらく虐待なども含めた様々な被害者が同様の状態に陥る可能性があるのだろう。今後、もし私が支援者の立場になった場合はもちろん、マスコミなどで様々な当事者の言動に接してその状況を把握しようとする際にも、本書で読んだことが影響するだろう。少なくとも私に関して著者の目的は達成された、と思う。

「ちいさな社会」を愉しく生きる2025年04月11日

 たまたま図書館の新刊置き場で見て、自治会に関わるようになった今、住み良いコミュニティにする具体的なヒントがあればと思って読んだ本。著者は東大教育学部教授で、専門とする社会教育学・生涯学習論とは「人々が楽しく幸せに暮らすために、どのような日常の営みがあり、それと学びとの関係はどうなっているのかを考え、その学びを実践する学問」とのこと(著者の「『つくる生活』がおもしろい」より)。イメージがつかみにくい学問だが、おそらく本書が「学びの実践」の具体例なのだろう。
 「ちいさな社会」とは、著者が「人々が楽しく幸せに暮らすために」必要と考えるコミュニティであり、本書では著者の大学ゼミがその立ち上げに関わった3つの例を取り上げている。残念ながら自分のコミュニティに直ぐに応用できそうなヒントは得られなかったが、その考え方は理解できて納得もしたので、いずれ参考にすることがあるかも知れない。
 1つ目の例は17年前から続いている東京・世田谷区の空き家を使った「岡さんのいえTOMO」と呼ばれる取り組みで、「地域の人たちのために使って」との遺言とともに家を引き継いだオーナーの協力依頼から始まった。当初はゼミの学生たちが中心となって「留学生との餃子パーティや子どもたち向けの寺子屋、駄菓子屋と昔遊びなどのイベントなど、いろいろ取り交ぜて、思いつくままになんでもかんでもやってみた」という。よからぬことをやっているという噂も出たそうだが、子どもたちが「おもしろそう」と次々と集まってきて、そのうち学校の先生、保護者、地域の高齢者を巻き込んでいった。目指しているのは「多世代で交流する『まちのお茶の間』づくり」で、現在では世田谷区の外郭団体「世田谷トラストまちづくり」が支援する「地域共生のいえ」の一つとなり、参加者の思いつくままにいろんなイベントその他が行われている。マスコミに取り上げられて全国の自治体から視察が来るようになり、さらにはNHKワールドジャパンが世界に発信すると「高齢社会日本の新しいまちづくりの取り組み」としてアジア各地からも訪問者が来たという。しっかりしたホームページもあって、来年の夏までのスケジュールが載っていた。確かに凄そう。
 空き家は全国に増え続けているが、実際に空いている家は少なく、貸してくれる大家さんも多くない、という。そもそも空き家は個人の所有物であり、さらに普通の家のように仏壇や家具、生活用品などが置いてあって、そこから人がいなくなっただけだからだ。その状況を突破するのに、先ずはまちのみんなで、掃除しますよ、と持ちかけて大家さんと一緒になって大掃除をする。掃除するうちに家の価値がみんなに伝わって、みんなで使いたいから貸してくれないか、との話になり、みんなが責任を持って使ってくれるならありがたい、と活用が始まることが多いという。実際に日本でどれほどの空き家がこの例のように活用されたか、は載っていないが、「私設公民館」を作る方法として、なるほどね、という感じか。
 次の例は千葉県柏市の「限界(戸建て)団地」に住む高齢者からの相談がきっかけで始まったプロジェクト。ここでは著者の提案で対象を団地から小学校区まで広げて、子どもたちと高齢者を結びつける世代交流型のコミュニティを作った。地元のあらゆる団体に声をかけてそれぞれのリーダー格の人に参加してもらって実行委員会を立ち上げ、場所は行政が提供した公共施設の空き車庫を住民総出で改装して、居心地の良いカフェにしつらえた。オープンから既に12年、1日の利用者は平均120名というからかなりの規模と言えるだろう。週の半分を地域のグループによる活動の日、半分を自由に利用できる日としてあり、グループ活動の時間は半年先まで埋まっていて時間の取り合いになるほど活用されている(当方の自治公民館はほとんど空いている)。子どもたちが日常的に立ち寄り、地元の高齢者は登下校時の見守りと声がけをしたり、グループ活動に子どもを招いたり、地域の清掃活動を行ったりと、多世代交流があちこちで進められている。また学校との連携も強く、土曜授業や放課後子ども教室をこの実行委員会が担当し、学校の環境整備にも力を入れて、さらには学校の校外行事に同伴して先生方の負担を減らすなど、学校運営になくてはならない存在になっている、という。ここも大成功したケースのようだ。
 うまくいくコツはともかく「楽しく」で、やらされ感は大敵。人が顔を突き合わせて認め合えるような小さな関係づくりから始め、皆が自分ごととして関わり、異質を排除せず、ネットワークを広げるというより、ドットを増やす。無理して新人を獲得したり、後継者を育成したりすることはしない。目的のために何をすべきか、ではなく、何が楽しいかは人それぞれなので、集まった人たちで楽しいことを始めることがキモのようだ。実際、ゼロからそれなりの活動が起きてくるまでの火の付け方が難しいだろうと思うので、楽しく始めるノウハウをもっと知りたいところだ。
 中高生くらいの世代が「自治をやる」という言葉を使うとか。地下アイドル・Aちゃんの追っかけは自治ができてるけど、Bちゃんのは自治ができてない。自治ができている追っかけは皆で協調し、周囲にも配慮して後片付けや掃除も手伝うなど、追っかけの皆が仲間として楽しむのに対し、自治ができていない追っかけはバラバラで皆で楽しむ感じがない。実際にそんな例があるのかとも思うが、イメージはわかる。日本代表サッカーのサポートたちが、試合のあとの観客席を綺麗にして帰るという話を思い出した。
 3つ目の例は那覇市若狭公民館が実践してきた「パーラー公民館」で、大ぶりのビーチパラソルとそれを支えるテーブルを公園などに置くだけでできる移動式の公民館。中心メンバーにはアーティストが多く、かなり独特で、いろんなバリエーションがあって、私には一番遠い感じがしたので詳細は省略。
 最後の章では、大企業の役員経験者を中心に組織された一般社団法人「ディレクトフォース」を紹介し、その素晴らしさとともに弱点を指摘しているが、縁遠い話なのでこれも省略。
 最初の2つの例は自治会/町内会や公設の公民館、社協などとは別の組織を立ち上げて作った点が興味深い。2つ目は公共施設だった場所を利用しているので、最初から少し公的な要素もあるが、「岡さんのいえ」は極めて個人的なところから立ち上げて、公的サポートは後からついてきた。都会だからできるのだろうか。
 本書の3つの例はどれも非常にうまくいったケースと思うが、うまくいかなかった例についても知りたかった。「幸福な家庭はどれも似ているが、不幸な家庭はそれぞれに不幸である」のアンナ・カレーニナ原理のように、おそらく失敗(あるいは大成功とは言いにくい)例にはいろんな原因があり、それを知ることも実地のコミュニティづくりに参考になるように思うのだが。

残された時間 脳外科医マーシュ、がんと生きる2025年04月07日

And Finally - Matters of Life and Death
by Henry Marsh
ヘンリー・マーシュ (小田嶋由美子・訳、仲野徹・監修)<みすず書房・2024.4.1>

 既に引退した、イギリスの著名な脳外科医が進行性前立腺がんを宣告され、これまでの医者としての自分の態度を振り返るとともに、医療を良く知るがん患者として「残された時間」を考えた本。友人が経営するネパールの病院や、ソ連時代からのウクライナで医療に従事したこと、その他プライベート生活の記述が多々あったが、あまり興味がなかったのでここでは全て省略。時期的にはコロナ禍のロックダウンに始まり、あとがきにウクライナ侵攻が出てくる。Wikipediaで補足すれば著者の前立腺がんは化学的去勢と放射線治療によって寛解し、ロシア侵攻後のウクライナにも度々訪れて地元医師の指導をしているという。本書に対する不満はないが、既に数冊あるという、監修の仲野が絶賛する著作を読んでみたいとまでは思わなかった。
 自分の脳のMRI画像を見て、その老化ぶりに衝撃を受けるところから本書は始まる。他人には見ないように勧めるのに、無意識のうちに自分は医者だから患者にはならない、と考えて、見てしまったことの告白で、がんになったことについても同じ感想を抱いたそうだ。自分ががんを宣告されたあと、昔の患者の記憶が蘇るようになったという。
 医者としての自分を振り返った記述で印象深かったこと。
 「外科医は、その成功によってではなく、失敗によって、すなわち合併症の発症率によって評価されなければならない」「一般的に言えば、優秀な外科医ほど難しい奨励の担当数が多くなり、結果的に合併症の発症率が高くなる」ため「こうした評価を行うことは意外なほど難しい」。
 ふーん、なるほどね、という程度の印象だったのは、私はがんではなく、血管系の病気で死ぬと信じ込んでいるためか、あるいはこれまで友人、知人として接してきた医者のほとんどが内科系であったためか、どうも命に関わる病気で外科医にかかることが自分ごととして考えられないからかも知れない。
 外科医は、キャリアの最初の頃には患者の前で実際よりずっと経験豊富で有能であるかのように振る舞わねばならない、という。そうしないと切られる患者が不安になるから、というのは納得できた。アメリカの進化論学者トリヴァースが提唱する「人間が有する自己欺瞞の能力」、すなわち「不正直な行いをするときに自分自身を欺けば、無意識の「気配」やそぶりを通じて自分の不正直さを露呈する可能性が低くなる」という説を引用して、外科医も同様であり、自己欺瞞は重要な臨床技術、という。著者は非常に誠実な医者のようだが、いつもその自覚をもって患者に接することができる、非常に自制的な医者はそれほど多くないだろう。
 がん患者としての記述では、自分にそのような経験がないため、死に向き合う気持ちをリアリティを持って理解できた気がしなかった。がん患者が書いた本という意味では、遠い昔に読んだ江國滋の「おい癌め・・」の方が遥かに印象的だった。自分が死を間近にして身体が弱ってきたときでもできる趣味として確かに俳句はいいかも、と思ったことを覚えている。江國はそのまま死んで、マーシュは寛解したからかも知れない。実際に自分に死が迫ってきたと感じるときに本書を読んだら、また違う印象になるのだろうか。
 本書で最も印象が強かったのは自死幇助に関する記述だ。著者はイギリスで自死幇助が合法化されていないことに強い不満を持っている。自死は違法ではないのに(自死に失敗しても罪に問われないということか)、それを助けることが法に反することに著者は納得がいっていない。「多くの国で自死幇助が合法化されているということは、実際にそれが機能することのエビデンスである」とまで言っているが、この論理に私は説得されなかった。逆に、反対派が主張するような、自死幇助を合法化すると障害者や高齢者など弱い立場にいる人々の命の価値が減じられる、というエビデンスは一切ないとしているが、どのようなエビデンスをとり得るのだろう。著者の書き方(元の英語ではなく日本語訳)によれば反対派は「多くの医師、親族、医療従事者が、弱い立場にいる人々に自死の手助けを頼むように説得したり、圧力をかけたりしていると主張」するそうだが、「本当?」と思ってしまう。少なくとも日本で起こり得ると想像できるのは「無言の圧力」だろう。日本人である私は、著者のこの書き方は自論を有利にするための「強弁」と思った。
 もう一点、日本との違いと思われたのは、著者は「中絶と自死幇助に対して並外れた熱意を持って反対する人々の多くが信仰を持っている」とする点で、日本で自死幇助(いわゆる安楽死)合法化に反対する人の多くが宗教心が強いとは私には思えない。欧米では本当にそうなのだろうか。
 自死幇助に関する議論は本書の最後近くにあり、上述のように私は全く納得できなかったことが、本書全体の印象を悪くしたのかも知れない。

くらしのアナキズム2024年03月23日

松村圭一郎 <ミシマ社・2021.9.28>

 これも人類学者が書いた本。最初に読んだのは2年ほど前だが、最近、地域活動にさらに深く関わることになり、自分の活動を考えるのに関連することが書いてあったと思い、再読してメモを残すことにした。従って本書全体のメモではなく、今の自分が記録したいことだけ。著者は大学院時代にデヴィッド・グレーバーの本を読んで啓発され、アナキズムに関心を持つようになったらしい。本書では、私も以前に読んだスコットの「反穀物の人類史」、きだみのるの「にっぽん部落」、レヴィ=ストロースの「悲しき熱帯」に加えて、モース、クラストル、ブローデル、鶴見俊輔、宮本常一などの記述を紹介しつつ、自身がエチオピアの村で観察した様子も考え合わせて、身近なところから考えるアナキズムについて書いている。
 人類学者が調査・研究してきた国家なき社会にも政治的なリーダーはいた。レヴィ=ストロースはブラジル・アマゾンの先住民のバンドの首長には明確に定められた権限や公に認められた権威はなく、人々の同意だけによって支えられている、とする。そのような首長は強権を奮って周囲を従わせることはできず、ひたすら多数の同意を維持する努力をするしかない。リーダーは自分の利益のために動くものではなく、共同体のために働き、それをする限りにおいて、ある種の権威や特権を一時的に集団から託されているに過ぎない。「人びとは、リーダーが集団の目標に貢献しているのか、つねに関心を寄せ、そこから道をはずれると、さっと同意を翻す。国家が人びとを監視する監視社会とは逆に、リーダーがつねに人びとから監視されているのだ」。
 首長は社会のなかで生じるさまざまな問題を解決するための役割を担う。威信と言葉以外につかえる強制力をともなう手段は持たない。首長は決断をして意思決定をするのではなく、巧みに言葉を使って人々を説得し、集団の同意を形成する。この同意を得るための手法は、徹底した会話につきる。民俗学者・宮本常一の記述でも日本の部落における「寄りあい」について、肯定的な意見も否定的な意見も出るなかで、決して無理をせず、気が熟すのを待って、皆の気持ちが落ち着くまで話し合った後に、長老が落としどころを提案する。グレーバーが言うように、日本でも多数決で答えを出すことは、敵対関係を作ることになるため、徹底して避ける。小さい集団を作る人類はこのようにして生き残ってきたのであろう。
 ダム建設や原発の誘致、基地建設などで日本各地が賛成派と反対派との分断に地域社会が文字通り破壊されることが度々起きている。これに関して、猪瀬浩平は「むらと原発」の中で高知県窪川町(現四万十町)で原発誘致をめぐって起きた対立について記している。賛成と反対の勢力は拮抗し、町長の選挙やリコールが繰り返され、全国的にも画期的な原発設置についての住民投票条例も可決されたが、結局、投票は実施されなかった。一方、原発とは全く別の案件として農業機械化のための土地整備事業が行われ、ここでは長い時間をかけて合意形成が図られた。結局はチェルノブイリ原発事故が起き、また他の原発設置が進んだことにより、窪川町の原発は見送られたが、町を二分する対立とは別の案件で両陣営の人の間の会話は続けられており、「骨肉を争った町民同士の『けんか』をここらでやめんと、窪川の町がだめになる」との判断が生まれ、事態は収拾された。
 以下は他に印象に残ったことがら。
 スコットは「文字が国家をつくる」と主張する。メソポタミアで最初期の国家が誕生したのは紀元前3300年頃だと考えられ、この時期は歴史上はじめて文字が登場した時と一致する。国家を維持するには非生産者(官吏、職人、兵士、聖職者、貴族階級)を食べさせるための余剰食料が必要であり、それを確保するには継続的な穀物の記録・管理が必須だった。最初期のメソポタミアでは、ほぼ簿記の目的のためだけに文字が使われており、文学や神話などが文字で記されたのは、それから500年以上たってからのことだった、という。一方、国家が誕生したあとも、あえて国家や文明から逃れた膨大な数の人々が生きてきたが、そのような人々に関する記録は全く残されていない。
 グレーバーの印象的な言葉も引用しているのでここに残しておく。イラクでサダム・フセイン政権が倒れたあとに暴動や略奪が起きたのは「人びとを、子供として処するなら、彼らは子供のように振舞う」から。

安楽死が合法の国で起こっていること2024年03月09日

児玉真美 <ちくま新書・2023.11.10>

 たまたま本屋で見かけ、タイトルに興味を持って読んでみた。安楽死を合法化した欧米の国はどこも、当初の極く限定された対象者が次第に増える方向に法律が変わり、さらに安楽死に対する医療関係者や一般の人々の意識も大きく変わってきているという。本書の内容がほぼ現状と考えると、日本でどんな厳しい条件をつけるにしても一旦、安楽死を合法化したら同様なことが起こるだろう、と容易に想像され、私にはかなり衝撃的な内容だった。
 著者は重度障害者の母であり、元は英語教員であったが今は日本ケアラー連盟代表理事で著述家、さらに語学力を生かして、安楽死に関する世界の状況をフォローしてブログで発信している。本書は現在までの「世界の安楽死の周辺ではさらに何が起こってきたか、そこにどんな危うさが見え隠れしているのか」をまとめたもの。以前に読んで読書メモを書いた「<反延命>主義の時代」と基本的なスタンスは同じで、最近の日本の安楽死容認の流れを危惧して書かれているが、今回は著者への反発の気持ちが全く起きなかっただけでなく、自分の考え方に修正を迫られた。
 先ず基本的な事項として安楽死に類する言葉の整理から。国際的に定まった定義はなく、専門家の間でも微妙に異なるようだが、本書では「尊厳死」「安楽死」「医師幇助自殺」を区別して説明している。「尊厳死」は医学的にはまだ生き延びることができるが、治療や処置、栄養補給などを控えて死を迎えることで、これはがん末期や老衰などの患者を対象に日本でも一般に行われている。これに対して「安楽死」は、医師が薬物を投与して患者を死なせることをいう。前者を消極的安楽死、後者を積極的安楽死ともいう。「医師幇助自殺」は死に至る最後のスイッチを患者自身が入れるもので、現在では薬物点滴装置のストッパーを患者が外して自殺することを指す。「安楽死」が合法化されていると言われるスイスで認められているのは「医師幇助自殺」であり、「(積極的)安楽死」は違法だそうだ。「安楽死」と「医師幇助自殺」の違いは私には本質的な話ではないと感じられるが、法的には重要なのだろう。但し、米国では医師幇助自殺を「尊厳死(dying/death with dignity)」と呼び、さらに人によっては「(積極的)安楽死」をも「尊厳死」と表現することがあるというから、確かにややこしい。
 2023年5月下旬の時点で合法化されている国
・積極的安楽死も合法化 ベルギー、オランダ、ルクセンブルグ、スペイン、ポルトガル、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、コロンビア
・医師幇助自殺のみ合法化:スイス、オーストリア、米国10州とDC
 この他に、イタリア、ペルーなどで個別の訴訟に対して自殺幇助を認めた判例が相次いでいる。

 1995年に米国オレゴン州、ついで2001年オランダ、2002年ベルギーで安楽死を合法化したときは「もはや救命がかなわない患者にどうしても緩和不能な耐えがたい苦痛がある場合の最後の例外的な救済措置」として考えられ、「合法化」というよりも、際どい行為をする医師を免責し「非犯罪化」したという表現の方が正しい、という。それが終末期でなくとも「肉体的に耐えがたい苦痛」の患者へと広がり、さらに精神的な苦痛も対象となるようになった。ここまでの変遷は、漠然とではあるが自分でも認識していたと思うが、難病患者、重度障害者、認知症患者、精神/発達/知的障害者、病気の子どもなどに広がっている、と言われると確かに気になってくる。それどころか、スイスへの自殺ツーリズム(同国の医師幇助自殺は外国人も受け入れる)では、「命にかかわる病気があるわけではないけど人生はもう完結したと考える人や、将来的に家族の負担になることを案じる高齢者の医師幇助自殺が『理性的自殺』『先制的自殺』などと称され、近年とみに増加している」という。さらに著者が、後発ながら現在では最もラディカルと考えるカナダ(後述)では「苦しみを軽減する手段が経済的に容認できない」、すなわちお金がないから安楽死を選ぶとも言える例まで容認されているそうだ。
 このような範囲の拡大だけでなく、対象者を認定する際の要件も緩和される方向で進んでおり、立会人が複数必要だったのを一人にするとか、意思確認に慎重を期すために設けられた患者の考慮時間も大幅に短縮するなどが行われているという。「合法化した後でどこかが要件を緩和すれば、後から合法化する国のハードルは下がる。そうしてどこかが後に続くことで、安楽死のいわば『国際的スタンダード』はじわじわと下がっていく」。「すべり坂 (slippery slope)」とは、生命倫理学で使われる喩えで、ある方向に足を踏み出すと、そこはすべりやすい坂道になっていて、一歩足をすべらせたらどこまでも転がり落ちていくイメージだそうだが、安楽死の状況はまさに「すべり坂」と表現されている。
 著者がこの変化の大きな転換点とするのが、2016年にカナダが合法化した際に積極的安楽死と医師幇助自殺を合わせてMAID (Medical Assistance in Dying、死にゆく際の医療的介助)と称したことで、これによって安楽死が緩和ケアと同類に位置づけられた、と考えられ、医療関係者の感じるハードルが低くなった。充分な緩和ケアが行われないために激しい苦痛を感じて安楽死を選ぶ(選ばざるを得ない)患者もいるだろう。
 ベルギーの医療現場では安楽死がルーティン化、瑣末化(trivialization)し、法律で禁じられている医療サイドから患者への安楽死の提案がなされたり、義務付けられている安楽死の報告は実際の半分程度、などが医療職らの本や論文に紹介されている、という。さらに絶対的な要件であるはずの「自己決定」の原則が、認知症や発達/知的障害、さらに理解力が低い子どもへの拡大により、曖昧になりつつある。これらの国々では、安楽死が全死亡の数%になっているという。
 安楽死を社会保障費削減策の一つと考えたり、臓器移植の提供手段として利用するなども実際に行われているとのことで、社会からの圧力も大きい。ここにさらに「<反延命>主義の時代」でも取り上げられた「無益な治療」論が加わり、コロナ禍での対応を含めてかなりのページが割かれているがここでは省略。著者は重度障害者の母でもあるから、その実体験からの発言は深い。
 著者は「安楽死を個人の『権利』と認めて合法化し、なお高齢者や障害者や病者や貧困層など社会的弱者の命が不当に切り捨てられたり脅かされたりすることのない社会は、はたして実現可能なのかーー。海外の動向を追いかけながら、そのことをずっと考えてきた。今のところ私には、安楽死合法化の『先進国』にそのチャレンジに成功している例があるとは思えない。まして、権威主義的で、組織や集団からの同調圧力が大きな日本の文化風土の中では、その試みはより危険なものとなるだろう。私は日本で安楽死が合法化されることには、欧米以上にリスクが大きいと考えている。」と言う。苦しんでいる人がいるのだから議論だけでも始めよう、というのは「あまりにナイーブではないだろうか」と言われれば、同意せざるを得ないし、本書における著者の考察は非常に説得力がある。
 最終的な著者の主張はこうだ。「議論を原点の終末期の人に戻すべきで・・・・『終末期の人には安楽死を認めるべきか』ではなく、問題を『終末期の人の痛み苦しみに対して何ができるか』へと設定しなおすべきだ」「常に医療のそばに身を置く重い障害のある人と家族の立場から言えば『死ぬ権利』を云々する前に、『もうどうしても死を避けられなくなった時に、十分な緩和ケアと社会的ケアを受けながら、最後まで固有の人生を生きる主体として尊重されて、苦しまずに生きる権利』を主張したい」。最近のデータでは、今なお癌患者の4割が痛み苦しみながら死んでおり、少なくとも家族は、医師が十分に対応してくれなかったと感じている、という。「患者は痛みに耐えているのではなく、痛みを訴えても聞く耳を持ってくれない医師に耐えているのです」という緩和ケア医の言葉を引用している。

依存症と人類 われわれはアルコール・薬物と共存できるのか2024年03月02日

カール・エリック・フィッシャー (松本俊彦・監訳、小田嶋由美子・訳)
<みすず書房・2023.4.10>

 著者は依存症「先進国」米国の依存症専門医であるとともに、自身がアルコール依存症からの回復者でもある。斎藤環の書評や、以前に好印象を持った監訳者の絶賛でかなり期待して読んだが、私にとっては冗長で、かなりの飛ばし読みになった。ひきこもりは周囲にいるが、依存症患者を個人的に知らず(米国では9%、2200万人以上もの成人がアルコールその他の薬物問題を自認しているそうだが)、AA(Alcoholics Anonymous、アルコール依存症者の世界的な自助グループ)や日本のダルク(Drug Addiction Rehabilitation Center)に関する知識は多少あったものの、あまり身近に感じていないことが原因かも知れない。
 タイトルの通り、人類の種々の依存症(addiction)の歴史に関して、記録が残されている数千年前、古代インドのギャンブル依存症に始まり、古代ギリシャの哲学者や釈迦、アウグスティヌスなどの宗教家の思想から、依存症に対する世の中の認識や対応の長い歴史について延々と記載があり、加えて著者自身のアルコール依存症の過去や、専門医としての診療の記述が入り乱れて書かれている。前半は何とか読み続けたが、依存症の歴史に関心が薄いこともあり、途中から著者のアルコール依存症に関する記述のみを拾い読みし、終章の、依存症の理解に大きな変化が起きたという1970年代から現在までの考え方(まだ変化の途中と感じたが)と、結論「回復」を興味深く読んだ。
 一番の驚きだったのは、依存症のかなりの人が何の治療も受けずに回復する、ということ。アルコール、薬物、ギャンブルその他の依存症は一旦、深みにはまると自力で回復するのは容易でなく、また回復してもいつ再発するかわからない、と何となく考えていたが(小田嶋隆を読んだ影響もあったか)それは誤りらしい。ベトナム戦争に従軍したアメリカ兵の20%弱がヘロイン依存症であったが、帰国して1年後も引き続き依存していたのは1%だった。帰還後3年間での再発率は12%、回復した兵士の半数は帰国後にときどきヘロインを使用していたが依存症の状態に戻っていなかったという。これらの結果はアメリカ国内でも衝撃的に受け取られ、当初は必ずしも信じられていなかったらしいが、この報告以降、膨大な数の大規模調査が行われ、薬物などの使用の問題を抱える人々の圧倒的多数が、「自然回復」と呼ばれる現象により自力で自発的に回復したことが明らかになった。アルコールの問題を抱える人の約70%は介入なしに回復に向かう。違法薬物の問題をもつ人の多くは、30歳までに薬物の使用をやめている。もっとも有害な問題に限定しても自然回復の割合は大きい。このような多くの知見の蓄積にも関わらず、私のような理解が未だに広まったままなのは、自力回復できず、苦しんでいる当人や家族の話が目立つからかも知れない。但し、割合は少なくても困難を抱える依存症患者がいることは事実であるから、決して軽視して良いということにはならないが。現在はAAなど種々の団体や医療施設による多様な回復プロブラムがあるらしいが、プロブラムの詳細は書かれていない。
 依存症と他の精神疾患との合併はかなりの頻度で起きるようで、物質使用障害(依存症と考えて良いのだろう)を抱える人々のおよそ半数は、うつ病や双極性障害などの別個の精神疾患を発症しており、物質使用問題のために治療を希望する人々での併存率はそれより遥かに高い、という。一方、依存症の遺伝率(遺伝子に起因する変化の度合い)は25%から70%と言われているらしい。これらの結果から考えると、がんや生活習慣病と同じく、依存症もいわゆる「体質」と呼ばれる遺伝的な素地があり、そのような人がアルコールや薬物、ギャンブルなどに接すると依存症になりやすいということだろうか。
 監訳者の解説にあった引用によれば、人類においてもっとも広範に使用され、最大の害をもたらしている薬物はアルコール、タバコ、カフェイン(ビッグ・スリーと呼ばれる)であり、これらを規制することはまず成功しない(禁酒法時代のアメリカの話を思い出す。それどころか日本は国策として、敢えてギャンブル依存症を増やす方向に進んでいるように思える。)一方、薬物政策上取り沙汰されることが多いものの、現実には一部の人々だけが使用し、その害も世界全体から見ると、ビッグ・スリーとは比較にならないほど限定的な薬物としてアヘン、大麻、コカイン(リトル・スリー)が規制の対象となっている、という。なるほど、と納得した。

直立二足歩行の人類史 人間を生き残らせた出来の悪い足2024年02月24日

ジェレミー・デシルヴァ (赤根洋子・訳)<文藝春秋・2022.8.10>

 著者は恐らく40歳代の古人類学者。足への専門性が非常に高く、世界各地の研究者と交流があって化石に関する種々の共同研究を行なっているらしい。最初の著書である本書では化石の詳細な解析を元に、進化の過程で起きた足骨格の変化から歩行の仕方を読み解き、原著の副題 ”How Upright Walking Made Us Human” に示されている通り、ヒトをヒトたらしめている種々の性質との関連を考察している。人類の進化の過程で二足歩行が始まったのは樹木から地上に降りて暮らすようになったからではなく、まだ樹上生活をしていたときから既に木の上を直立して歩いていた、という最近の説は以前に読んだ本で知っていたので、目新しいことはあまりないかも、と思って読み始めたが、さすが「足首専門家」らしく非常に詳細な骨格の解析が示されており、知らないことが多々あって、充分に楽しめた。また話の構成も巧みで、アウストラロピテクスの「ルーシー」、ホモ・エレクトスの「ナリオコトメ・ボーイ(トゥルカナ・ボーイ)」など重要な化石は現地に赴いて実物を観察するなど、他の研究者との関わり方にも好感が持てた。
 著者は「人類という種を定義づける諸々の変化(脳の巨大化、子育て法の変化など)が二足歩行によって初めて可能になり」「それらの変化のおかげで誕生の地アフリカから地球全体へと広がった」と考えている。本書では、第一部で化石が示す直立二足歩行の起源について考察し、第二部でヒトの進化における二足歩行の重要性、第三部で「効率的な二足歩行のために必要になった解剖学的変化が現代人の生活に与えた影響」、結論の章で四足歩行と比較して二足歩行には不利な点が数多あるにもかかわらず、人類がそれを乗り越えて生き延び、繁栄したことの理路を記している。
 ヒトの歩行に関する進化の道筋は、類人猿のナックルウォーク(拳を使った四足歩行)から次第に立ち上がって、前屈みの二足歩行になり、最終的に直立するという図(有名な絵らしい)が印象にあるが、今の有力な説では樹上生活のときに既に直立二足歩行になり、さらにそれはチンパンジーなどの類人猿とヒトが枝分かれした時代(600万年頃と言われる)より遥か以前の1000万年前にまで遡る可能性があるという。もしかしたらヒトが4本足から2本足になったのではなく、チンパンジーが2本足からナックルウォークを始めたかも知れないのだ。但し、樹上での二足歩行の際は足で樹木を掴むために親指が(ヒトの手のように)横に突き出していて、現在のヒトの足親指の向きは地上での歩行が始まってから進化したと考えられている。
 哺乳類の中で唯一、人類の系統だけが二足歩行をしているが、四足歩行の動物に比べて走る速度がかなり遅く、ヒトの祖先が地上生活を始めた時代に栄えていた肉食動物から逃れるためには非常に不利と考えられる(恐竜やその生き残りであるダチョウなどの飛ばない鳥類の二足歩行はヒトと比べて遥かに速い)。それにも関わらず、直立二足歩行の人類が現在まで生き延び、発展したのは、不利を補って余りあるメリットがあったからで、本書にも記述されているが、ここでは省略。また良く知られるように、脳の大きさと難産も歩行と骨盤の変化が重要であるなど、第三部も興味深いがそれも省く。
 二足歩行であることは足や足跡の化石だけでなく、頭蓋骨からも示唆される。四足歩行をする類人猿では脊椎につながる穴が頭蓋骨の後ろ側にあるのに対し、直立二足歩行をするヒトでは頭蓋骨の下側にあるからだ。さらに骨盤の形からも類推されるなど、必ずしも足の化石が見つからない種であっても、二足歩行の進化の歴史に位置づけることができるらしい。
 他に私に新鮮だったのは、1000万年前の人類の祖先たちはアフリカではなく、当時温暖であったヨーロッパに生息していた可能性だ。上述した、ヒトと類人猿の共通祖先と思われる複数の種の化石はヨーロッパで発見されており、この類人猿たちが700万年前から400万年前の間に、後退する森を追ってヨーロッパを出て、中央アフリカや東アフリカに移動した、と考えられているらしい。またホモ・サピエンスと過去に共存していたネアンデルタールやデニソワ人はユーラシア大陸で進化し、アフリカから来たホモ・サピエンスと交配して、現在のヒトとなった。人類の進化は全てアフリカで起こったわけではないことを改めて認識した。

スギと広葉樹の混交林 蘇る生態系サービス2023年04月29日

清和研二 <農文協・2022.9.20>

 日本の林業やスギ人工林について、これまで新聞等で見る以外ほとんど知識がなく、自分が花粉症ではないので関心も低かったが、中島岳志の新聞書評に興味を惹かれたことと、本書を出版した農文協(農山漁村文化協会)がこれまで畑関連の調べ物(モグラ対策など)で見た雑誌のほか、地域コミュニティ活動関連の本でも良い印象を持っていたこともあり、さらに近隣の図書館にあったので読んでみた。戦後の日本で大量に作られたスギ人工林の問題点やその改善策について学べただけでなく、これまで読んだ樹木や菌類の本の内容とも結びついて充分に面白かった。著者は東北大学農学部の名誉教授で、日本の森林を良くする(回復させる)ために自身の研究成果を広く知らせたいとの思いで本書を書いたとのことである。
 従来の日本では、スギやヒノキは主に吉野、尾鷲などの「いわゆる有名林業地帯」に植えられ、人工植栽した林をきっちりと密度管理し、高品質な材を売っていた。第二次大戦後、「このような先進地の施業を真似れば、日本全国どこでも林業経営が成り立つだろう」との安易で無定見な考えが国策として行われ、結果としてなんと日本の森林の41%を針葉樹(主にスギとヒノキ)人工林に変えてしまった、という。しかしこれだけの木材に対する需要が続くはずもなく、また安い外材の輸入に押されてスギ材の価格は1980年頃をピークにして値崩れを続け、長期低落に陥った。こうなると悪循環で、森林の管理に手をかける動機も薄れ、さらに林業従事者の高齢化が伴って多くの人工林が放置されたままになっているのが現状らしい。もともと日本にあった天然林は、世界自然遺産になった秋田・白神山地のブナ林に見られるような広葉樹林であり、また天然のスギ林でも多くの広葉樹と混交して多様性が高く、さらに人の手が加わった林でも、かつては薪炭の材料となる広葉樹が多かったようだ。すなわち、この70年ほどの間に、多様性を無視して一見、ヒトに都合がいいように単純化した「自然」を日本中に作ってきた。ジャレド・ダイアモンドが「文明崩壊」に記したような、江戸時代の持続可能な森林利用システムとは異なる方向に一気に進んだわけだ。これほどまで大規模な自然の改造が国策として、私が生きていた時代の日本で行われてきたことは認識していなかった。
 本書の副題にある「生態系サービス」は私には馴染みがない言葉で、本書に何の解説も無かったが、ウィキペディアによれば「生物・生態系に由来し、人類の利益になる機能のこと。「エコロジカルサービス」や「生態系の公益的機能」とも呼ぶ」となっていて、雨水の保持による洪水防止や水質浄化、土壌の生産力の向上や持続性などを指すようだ。但し、著者は人類の利益だけでなく、動植物全体を含めた生態系の復活を意図している。本書はスギ人工林を広葉樹との混交林に変えることによって生態系サービスが回復するという研究成果をまとめたものであり、生態系サービスを変えるには現在、林野庁その他で進められようとしている程度の混交林では不十分であり、もっと強いスギの間伐が必要、というのが本書の主張である。
 著者らは、拡大造林時代に植えられた東北大の広大なスギ人工林を実験に用いた。2003年の秋、ほぼ均一な環境の林を9区画(1区画が 0.5 - 0.6 ha)に分け、間伐強度を3段階(無間伐、弱度間伐、強度間伐)に変えて3回反復した。ここでの弱度間伐(全材積の3分の1の抜き取り)が現在、日本中で一般的に行われている間伐法に近く、本実験の目玉は強度間伐(全材積の3分の2の抜き取り)である。2008年秋、2020年秋にも同じ地域に同じ間伐を繰り返した。林学の実験は息が長い。この実験地の周囲には広葉樹林が広がっていて、間伐された空き地には周囲から種々の樹木のタネが飛んできて生育し、スギと広葉樹との混交林が自然にできあがったが、弱度と強度の間伐の違いは顕著であり、当然ではあるが広葉樹の種類も本数も強度の方が遥かに多く、すなわち多様性が高くなった。
 本書の主張はここからで、広葉樹が多く種多様性が高いことにより、強度間伐の区域では硝酸態窒素の減少でみた水質の浄化と、その窒素を利用した生産力の向上および持続性(今後の広葉樹の成長も含めて)、土壌の水浸透能の増加に伴う雨水保持能力の向上、すなわち洪水や渇水の防止、さらには広葉樹の実や花を求めてくる動物や昆虫類の増加、などが顕著になった。一方、現在の日本で多く進められている弱度間伐ではその程度が遥かに弱いため、もっと強く間伐をすべきだ、と著者はいう。実験開始からまだ20年足らずであり、樹木の寿命を考えればまだほんの初期の変化を見ているだけだろうが、変化の傾向としては充分に説得力のあるデータと思った(ミミズ等の生物の変化も知りたい、と生物系の私は思ったが)。
 著者の目標は、もともとその地域にあったスギ天然林の復活である。また単に生態系サービスの増加だけを考えるのではなく、それを可能にする林業の成立を目指している。林学とはそういう学問のようだ。地域の自然環境によってその場所に適した樹木の種類は異なってくるが、スギと種々の広葉樹の巨木が混じり合い、いったんその地域にあった天然林に近い姿に近づいてきたら、後はあまり手入れをしなくても維持されるようになるだろう、という。これこそが天然林を求める意義であろうか。また林業に伴う伐採についても提案していて、皆伐と再造林の繰り返しはコスト的にも、生態系サービスの面でも非常に問題が多いため、様々な成長の程度の樹木を部分的にまんべんなく取るべき、とする。この点については、実際に行う際の手間や効率などについて林業従事者から意見がありそうだが、私にはわからない。
 間伐してできた空き地に生育する広葉樹の種類は、それまでその地に生えていた樹木や草の種類の影響が強く出るという。ここには、以前に「菌類は世界を救う」で読んだ樹木と菌類の共生が関与し、樹木によって「アーバスキュラー菌根菌」と「外生菌根菌」のどちらかに感染し、その助けがないと大きくなれない。スギはアーバスキュラー菌根菌と共生するため、スギ林の間伐でできた空き地には同じ菌類を好むカエデやミズキは成育しやすいが、外生菌根菌を好むコナラやクリは成育が止まってしまうそうだ。また牧草もアーバスキュラー菌根菌と共生するため、牧草地に外生菌根菌はいないらしい。従って、著者らの実験林のように広葉樹のタネが飛んでくる場合でも、あるいは種類を選んで植栽する場合でも、しばらくは(数十年?)その影響が出るようだ。但し、老熟した天然林では両方の菌根菌が見られるため、スギ人工林を混交林に変えたあと、長い年月をかけて次第に両者が共存する状態になっていくのだろう。
 世界でベストセラーになった「樹木たちの知られざる生活」を以前、大変面白く読んだが、中央ヨーロッパの、樹木にとって理想的な環境ではブナが一人勝ちになり、どこでもブナ林になってしまうように書かれていた。但しそれは気候(温度、湿度など)によって異なるとのことだったので、日本のように多様性の高い気候の国では、天然林に生える樹木にも場所による多様性が出るのだろう。
 全く知らなかったが日本では2019年、「森林環境税及び森林環境譲与税に関する法律」が成立し、これにより国民1人当たり毎年1000円の森林環境税が2024年から課税される。この法律の目的は「地球温暖化防止や国土の保全や水源の涵養等」なので、それを実現するための方法は「間伐」であると著者は理解しているが、具体的な間伐の方法までは法律に記載されていない。著者が危惧するのは、現在の日本の流れが著者のいう「弱度間伐」であるため、そのまま進めれば、より適した混交林の育成には繋がらない、と考えられることだ。どうもこれが著者の本書執筆の動機だったように思われるが、著者らのデータに基づいて日本の各地で同様の研究が行われ、望ましい間伐と混交林の育成が行われることを強く期待しているようだ。
 花が咲く、実がなる、葉が落ちるなどの現象が、虫や鳥、けものにとって重要なことは理解できるし、ヒトにとっても多くの場合は好ましく感じられるだろう。日本の行政の方向が、単一針葉樹林から混交林に代わろうしているらしいが、それが生態系にとってより良いものになるか、これまで気にしたことがなかった。今後、新聞に出てきたら関心を持って読むことになるだろう。

新・資本主義論 「見捨てない社会」を取り戻すために2023年04月15日

ポール・コリアー (伊藤 真・訳)<白水社・2020.9.10>

 原著は2018年、日本語訳は2020年に発行された本だがこれも図書館の新着本の棚で見つけた。帯には「開発経済学の泰斗が満を持して放つ処方箋」とある。この数年、世の中を良くする方策の本として、主にアナーキズム関連を読んできたので、別の立場からの議論も知りたいと思って読んでみた。先の柄谷の「力と交換様式」と同じく私にとって異分野の用語が多用され、プラグマティズム、ポピュリズムまではよかったが、コミュニタリアニズム(共同体主義)、ロールズ主義になるとネットで調べても著者が伝えたいであろうイメージが掴めず、読みにくかった。理系の人が一般向けに書くときは用語の初出時に簡単な説明をつけると思うが、こういう分野では難しいのだろうか。
 著者はイギリス・シェフィールドで低学歴の両親のもとに生まれながら、奨学金を得てオックスフォード大学で学び、オックスフォード、ハーヴァード、パリの大学の教授職につき、さらに大英帝国の勲章、ナイト爵位、英国学士院の学士院長賞を得たという政治経済学者。一方、著者の従姉妹は14歳まで自分とほぼ同じ境遇だったが、父親が急死したために10代で子供を産み、それに伴う問題や恥辱も味わった。「私は成功した一流家族と崩壊して貧困に落ち込んでしまう家族という、スキルと意欲が生み出す格差も味わってきた」と著者はいう。本書ではロンドンのような大都会とシェフィールドに代表される衰退した地方都市、高学歴層と低学歴層、スキルのある高所得者とスキルを持たない低所得者、という対比が何度も強調されるが、自分は両者を良く知ると言いたいのだろう。本書の著者紹介によれば、「アフリカをフィールドワークの中心としながら、世界の最貧国の最底辺で暮らす人びとに寄り添い、先進諸国の政治・経済政策やグローバリズムの弊害に厳しい批判の目を向けてきた」というから、基本的には弱者の側に立つ人と思われる。
 このように経験豊富で、その世界では恐らく著名な学者が書いた「処方箋」ということでそれなりの期待を持って読んだのだが、共感や納得する部分はあったものの、「新・資本主義」という点では少しがっかり、というのが率直な感想である。著者の責任ではないが、誤字脱字が多かったことも悪印象に繋がったのかも知れない。それにしても自らを「一流家族」と呼ぶことには驚いた。たとえイギリスのような階層社会で客観的に見れば自分はそうであると判断したとしても、謙遜を旨とする日本の感覚では考えられない。
 著者は、現在の社会では経済格差が急激に拡大しているために、「深刻な亀裂の数々が私たちの社会を大きく切り裂こうとしている。それは人びとに新たな不安と新たな怒りを抱かせ、同時に新たな政治的な激情も生み出している。」とする。その亀裂の一つとして「場所」の要素が大きく関わり、国レベルだけでなく、大都市と地方都市の違いも大きい。また「新たなスキルを身につけた高学歴者たち」という支配者層が生まれ、それに伴って大都市圏でも全国的にも低学歴の「白人労働者層」という「蔑称」で呼ばれる人びとが危機に直面している、という。著者は欧米先進国を考えているが、日本で言えば前者は「ヒルズ族」だろうか。このような現状を打開する方策を提案するために本書は書かれた。
 著者の基本的なスタンスは「資本主義は多くの成果をあげてきたし、繁栄には欠かせない。だが資本主義経済を過度に楽観視すべきではない」。マルクス主義がダメなことは、ソ連などの共産主義国が権威主義的であり、最終的に滅びたことで既に実証済み、とする。著者が良かったと考える資本主義は、第二次世界大戦後から1970年頃までの先進諸国で、「その資本主義はコミュニタリアニズムによる社会民主主義としっかりと結びついていた」。しかしその後「コミュニタリアニズムは社会的父権主義に取ってかわられた」ために反発されるようになり、結果としてイデオローグか、またはポピュリストが支持されるようになった。「左派のインテリたちが実際的なコミュニタリアニズムに根ざした社会民主主義を放棄し、功利主義やロールズ主義のイデオロギー支持へと移っていく中、中道右派の諸政党は見識に乏しい懐古主義(ノルタルジア)に凝り固まるか、これに劣らず見当外れなインテリ集団の虜になっていった。イタリアのベルルスコーニ、フランスのジャック・シラク、ドイツのメルケルらに象徴されるヨーロッパ大陸諸国のキリスト教徒民主主義者たちは、おおかたノスタルジアの道を選んだ。」バーニー・サンダース、ジェレミー・コービンがイデオローグかどうか、私には判断できないが、彼らのことも嫌いらしい。レッテル貼りが好きな人のようだ。
 そこで著者は「社会的母権主義(ソーシャル・マターナリズム)」と呼ぶ諸政策を提案する。「国家は社会と経済の両方の領域で積極的に役割を果たすが、過度に自らの権力を増大させることはしない。租税政策は強者たちが分不相応な利益を持ち去ることがないように抑制するが、喜び勇んで富裕層から所得を奪い取って貧困層に配るようなことはしない。」というが、残念ながらそれらの違いは私には良くわからなかった。著者が良しとする政治家は、シンガポールのリー・クアンユー、カナダのトルドー、ルワンダのカガメであり、全てプラグマティストとして賞賛する。フランスのマクロンも評価している。
 著者がシェフィールドを愛するように、郷土愛としての「愛国心が人びとを結束させる推進力となり、不平不満に基づく個々にばらばらなアイデンティティは重視されなくなる。」「本書のプラグマティズムは道徳的価値観にしっかりと、そして一貫して根ざしている。・・「左寄り:というアイデンティティは道徳的優越感を感じるための怠惰な手法となっている。「右寄り」というアイデンティティは自分は「現実的」だと感じるための怠惰な手法となっている。みなさんはこれから本書を通じて倫理的な資本主義の未来を探究することになるーーど真ん中の中道へ、ようこそ」。これらの表現の仕方は私にはどうも気に入らない。
 著者が言う「新・資本主義」とは「道徳的な資本主義」のことで、それには家族、企業、国家という3つの組織への帰属意識が重要であり、それぞれ「倫理的な家族」など章立てして、著者が考える、あるべき3つの組織像が書かれている。これらの組織のリーダーは、成員に「義務感」を生み出すことよって彼らの順守性(コンプライアンス)を劇的に増大させることができる。すなわち成員が嫌々するのではなく、「すべき」と判断して行動するように仕向けるということだ。ピラミッド型の組織でリーダーが命令によって成員を従わせるのでは自発的な行動は期待できない。企業については、良い例としてトヨタやジョンソン・エンド・ジョンソンなど、また悪い例としてゼネラルモーターズなどで起きた具体的な事例を挙げ、倫理的な企業は発展するし、そうでない企業は没落する(ことがある?)、と考えているようだ。著者の考え方は、トランジションタウンで私が重要と感じた「当事者意識」と通じるし、望ましい組織像とは思うが、家族はともかく、現代の企業で経営者に「道徳的」であろうとするインセンティブを与えることができるのか、国のリーダーにそのような人を国民が選ぶようになるのか、私には甚だ疑問だ。著者は可能と思っているらしいが、このような理想論もプラグマティックなのだろうか。
 「現在、英米系の経済圏では、企業の重役らは自社の所有者たちの利益のために会社を経営することを法的に求められている」そうで、「企業の所有者とはもっぱら株主のことを指す」。しかし「このような仕組みは資本主義に初めから備わっているものではない。」という。「おそらく今や分散化されていない最大のリスクは、一つには勤続年数の長い従業員らが負うリスクだろう。自分自身という人的資本をたった一つの会社に投資してきたのだから。もう一つは長期的かつ構造的に供給を特定の会社に依存するかたちになってしまった顧客が負うリスクだ。」という主張は非常に納得できる。著者は従って、両者のいずれかの代表を取締役会に入れた「相互会社」という企業をベターと考えていて、それは実際に存在するし、広めることも可能と考えている。ただ、そこへの道筋として挙げられる課税や公益の監視などで達成されるのか、私には良くわからない。おそらく著者も提案はするものの、それほど実現性が高いとは考えていないと思った。
 私に最も違和感があったのは、組織の成員同士の「相互扶助」の説明だった。その必要性は私にも理解できるが、著者の表現によれば「ぼくを助けてくれるなら、ぼくも君を助けてあげるよ」となっていて、ということは著者が考える成員間のデフォルトは「信頼できない仲間」であるように思えた。私なら「君を助けてあげるから、ぼくのことも助けてね」とするところだが、理想的過ぎるのだろうか。
 一般論としてプラグマティックな考え方はそれなりに理解できるし、どちらかと言えば私もそれに近い部分はあるかも知れないとも思う。いわゆる「原理主義」が多くの軋轢や亀裂を生むであろうことも深く納得する。しかし全てのイデオロギーを排する姿勢で世の中うまくいくのだろうか、とも思ってしまう。また道徳や倫理の重要性についても同意するが、現在のグローバルな競争の中にいる企業や国家にそれを求めても無理だろう、との思いは拭えない。
 これまで考えたことが無かったのは、「場所」に関する議論のうち、大都市の優位性に関することで、人や企業が集積すること自体によって利益が生まれ、特定の層のみがその利益を得ているという話だ。それは本人あるいは当該企業の能力や努力によらない利益であるから、適切に課税すべき、と著者は主張する。具体的に人で言えば、そのような利益を得ているのが地主なのか、あるいは「新たなスキルを身につけた高学歴者たち」なのか、といかにもイギリスらしい図式的な議論があり、理屈としてはもっともと思ったが、そのような課税の仕組みが実施可能なのか私にはわからない。日本の地方交付税のような税金の徴収と分配をもっと精密に、ということなのだろうか。
 著者が懐かしむ社会民主主義は、当時活発だった協同組合が結束して生まれた中道左派政党によるらしく、また著者の故郷であるシェフィールドを含む地域で盛んになった協同組合運動が、ほぼヨーロッパ全域に急激に普及していったことを、誇らしげに語っている。外観だけ見ると、著者とグレーバーや柄谷、さらにはトランジションタウンの考え方とは水と油だが、協同組合などは共通するように感じ、歩み寄ることはできないのだろうか、と思ってしまった。但し、現在の著者はローカルな活動の再現を考えているのではなく、企業のグローバル化は基本的に善であり、国際的なあるいは国内での対応を適切に行えば有益としているので、やはり水と油か。