多様性の科学 画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織2022年09月17日

マシュー・サイド (特定の訳者なし)<ディスカヴァー・トゥエンティワン・2021.6.25>

 アマゾンのベストセラーNo.1という広告が目にとまり読んでみた。著者はオックスフォード大首席卒業、オリンピックに2回出場した卓球全英チャンピオンで、英「タイムズ」紙のコラムニスト、ライターというから、いくつもの才能に恵まれた人なのだろう。読み終えて、値段がそれほど高くないこともあるだろうが、構成、文章ともにわかりやすく、内容的にベストセラーになって不思議はないと思った。
 テーマは「文化がヒトを進化させた」のヘンリックとも共通し、ヒトの賢さは多くの頭脳が集まるからこそ発揮されるという話で、そのためには集団内の多様性が重要ということ。生物にとって多様性は不可欠であり、進化には多様な遺伝子プールが必要だし、感染症など微生物による攻撃や、環境の大きな変化に対して種が生き延びるために多様性は必須であるが、本書ではヒト集団の知性においても多様性が重要で、それは遺伝的だけでなく、文化や習慣、宗教などの面でも多様であることが集団全体としての知性を発揮するのに役立つとしている。ヘンリックらの研究のポイントは歴史を踏まえた集団脳であり、主要な文献として本書でも度々引用されているが、ここでは同時的な集団脳(=集合知)がテーマとなっている。
 メンバー全員が非常に優秀であっても多様性が低い画一的な集団は、皆が似たような考え方や視点になるため、複雑なタスクを対象とする場合、優秀さでは劣っているが多様な人々で構成される集団よりも全体としての知性は低くなる。様々な角度から検討することができにくいから、盲点ができやすい、ということだ。アメリカCIAのスタッフは極めて高い割合でWASP(白人、アングロサクソン、プロテスタント)が占めていたため、ムスリムの知性や感性を理解できず、9.11同時多発テロの予兆を見逃したと言われている。CIAは職員採用基準を「賢さ」だけにしていただけで、マイノリティを排除しようとしたわけではないらしいが、結果として均一性の高い集団になってしまった。また単に多様性があるだけではダメで、ヒエラルキーの高いメンバーに対して下位者が反対意見を言いやすい状況が重要としていて、実際の現場を考えると充分に納得できた。さらに興味深いのは、イノベーションとは異なる分野の知識の融合があって起きるものであり、メンバーの賢さよりも社交性(異文化交流を起こす)が重要であるという。本書の原題は Rebel Ideas(反逆者のアイディア)。1人の知性には限界があるので、それを乗り越えるには「反逆者」あるいは「第三者のマインドセット」が必要であり、その積み重ねがホモ・サピエンス(賢い人)ということなのだろう。
 本書最後の方の「平均値の落とし穴」はやや意外な、私としては若干疑問が残る内容だった。全ての疫学研究は物事を統計的にみるため、その結果を個人に応用するときは(対象を分類分けするにしても)平均値に頼らざるを得ない。たとえば血糖値コントロールのために適切な食事は、統計学的手法を用いて平均値として表された結果から提唱されている。しかし本書で紹介する研究では、血糖値に対する様々な食事の影響を各個人について分析してみると結果はバラバラで非常に個人差が大きいため(遺伝的だけでなく腸内細菌の違いなど)、標準的な食事療法は血糖値コントロールに全く役に立たないように記されている。具体的な研究結果は知らないが、意外ではあったものの不思議ではないし、興味深いと思う。本書では「個人にカスタマイズした食事療法が確立されるのは、まだまだ先の話だろう」とし、「今では患者さん自身に血糖値を測るよう勧めています。そうすれば自分の体に合う食事を見つけられますから」という研究者の言葉を引用している。医療の世界における「個別化」と同じ話と思うが、栄養学の世界では治験と同じレベルの緻密な研究は求められていないだろうから、その精度が医療より低いことは否めない。しかし、全ての人が自分でカスタマイズできるわけではないだろうし、本書の主張は、栄養士の指導をそのまま信用するな、ということになるのだろうか。

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