<ブログを再開します> ― 2025年04月05日
昨年の4月から成り行きで地域の自治会長を仰せつかり、急に忙しくなってこの1年間、ブログを休んでしまいました。これまで自治会に全く関わっていなかったので年度当初は右も左もわからず、あたふたと目先のことをこなし、いくつかの喫緊の課題にも何とか対処してきましたが、ようやく一通りの年間行事が無事に終わって一段落です。当初は激減した読書もこのところ以前のペースに戻りつつあり、新聞書評や図書館の新刊案内にも目を通すようになってきました。
1年を振り返ると図書館で借りた本は非常に少なく、読んだのはネット経由で購入した安い本ばかりで、もちろんその中に印象深かったものもいくつかありましたが、何日もかけてじっくり取り組んだと言えるのは数冊に過ぎません。本の購入費がこれまでと比較してかなり多くなったのは皮肉なことでした。
元々このブログは読書仲間を広げる手段として始めたもので、詳細な読書メモを作るつもりはなかったのですが、書いていると「間違いがないように」や「なるべく全貌を」という意識が次第に強くなり、自分でハードルを上げてしまったようです。これでは時間がかかり過ぎ、今回のように余裕がなくなると直ぐに途絶えてしまうので、少し考え方を変えて、読んで何らかの収穫があった本については、簡単なメモだけでも残すようにしようと思います。しばらくは、過去に読んで印象深かった本も振り返ってみるつもりです。
さらに再開に当たってもう一つ、読書以外の畑やランニングなどの日々の活動や、これまでに読んだ本の影響が現実の生活、特に今は自治会の活動とどう結びついたかなど、についてももっと多く、幅広く書こうと思っています。
ブログは義務ではないし、誰かに頼まれて書いているわけでもないので、無理のない頻度で更新し、また挫折したら、また考えることにします。
1年を振り返ると図書館で借りた本は非常に少なく、読んだのはネット経由で購入した安い本ばかりで、もちろんその中に印象深かったものもいくつかありましたが、何日もかけてじっくり取り組んだと言えるのは数冊に過ぎません。本の購入費がこれまでと比較してかなり多くなったのは皮肉なことでした。
元々このブログは読書仲間を広げる手段として始めたもので、詳細な読書メモを作るつもりはなかったのですが、書いていると「間違いがないように」や「なるべく全貌を」という意識が次第に強くなり、自分でハードルを上げてしまったようです。これでは時間がかかり過ぎ、今回のように余裕がなくなると直ぐに途絶えてしまうので、少し考え方を変えて、読んで何らかの収穫があった本については、簡単なメモだけでも残すようにしようと思います。しばらくは、過去に読んで印象深かった本も振り返ってみるつもりです。
さらに再開に当たってもう一つ、読書以外の畑やランニングなどの日々の活動や、これまでに読んだ本の影響が現実の生活、特に今は自治会の活動とどう結びついたかなど、についてももっと多く、幅広く書こうと思っています。
ブログは義務ではないし、誰かに頼まれて書いているわけでもないので、無理のない頻度で更新し、また挫折したら、また考えることにします。
残された時間 脳外科医マーシュ、がんと生きる ― 2025年04月07日
And Finally - Matters of Life and Death
by Henry Marsh
ヘンリー・マーシュ (小田嶋由美子・訳、仲野徹・監修)<みすず書房・2024.4.1>
既に引退した、イギリスの著名な脳外科医が進行性前立腺がんを宣告され、これまでの医者としての自分の態度を振り返るとともに、医療を良く知るがん患者として「残された時間」を考えた本。友人が経営するネパールの病院や、ソ連時代からのウクライナで医療に従事したこと、その他プライベート生活の記述が多々あったが、あまり興味がなかったのでここでは全て省略。時期的にはコロナ禍のロックダウンに始まり、あとがきにウクライナ侵攻が出てくる。Wikipediaで補足すれば著者の前立腺がんは化学的去勢と放射線治療によって寛解し、ロシア侵攻後のウクライナにも度々訪れて地元医師の指導をしているという。本書に対する不満はないが、既に数冊あるという、監修の仲野が絶賛する著作を読んでみたいとまでは思わなかった。
自分の脳のMRI画像を見て、その老化ぶりに衝撃を受けるところから本書は始まる。他人には見ないように勧めるのに、無意識のうちに自分は医者だから患者にはならない、と考えて、見てしまったことの告白で、がんになったことについても同じ感想を抱いたそうだ。自分ががんを宣告されたあと、昔の患者の記憶が蘇るようになったという。
医者としての自分を振り返った記述で印象深かったこと。
「外科医は、その成功によってではなく、失敗によって、すなわち合併症の発症率によって評価されなければならない」「一般的に言えば、優秀な外科医ほど難しい奨励の担当数が多くなり、結果的に合併症の発症率が高くなる」ため「こうした評価を行うことは意外なほど難しい」。
ふーん、なるほどね、という程度の印象だったのは、私はがんではなく、血管系の病気で死ぬと信じ込んでいるためか、あるいはこれまで友人、知人として接してきた医者のほとんどが内科系であったためか、どうも命に関わる病気で外科医にかかることが自分ごととして考えられないからかも知れない。
外科医は、キャリアの最初の頃には患者の前で実際よりずっと経験豊富で有能であるかのように振る舞わねばならない、という。そうしないと切られる患者が不安になるから、というのは納得できた。アメリカの進化論学者トリヴァースが提唱する「人間が有する自己欺瞞の能力」、すなわち「不正直な行いをするときに自分自身を欺けば、無意識の「気配」やそぶりを通じて自分の不正直さを露呈する可能性が低くなる」という説を引用して、外科医も同様であり、自己欺瞞は重要な臨床技術、という。著者は非常に誠実な医者のようだが、いつもその自覚をもって患者に接することができる、非常に自制的な医者はそれほど多くないだろう。
がん患者としての記述では、自分にそのような経験がないため、死に向き合う気持ちをリアリティを持って理解できた気がしなかった。がん患者が書いた本という意味では、遠い昔に読んだ江國滋の「おい癌め・・」の方が遥かに印象的だった。自分が死を間近にして身体が弱ってきたときでもできる趣味として確かに俳句はいいかも、と思ったことを覚えている。江國はそのまま死んで、マーシュは寛解したからかも知れない。実際に自分に死が迫ってきたと感じるときに本書を読んだら、また違う印象になるのだろうか。
本書で最も印象が強かったのは自死幇助に関する記述だ。著者はイギリスで自死幇助が合法化されていないことに強い不満を持っている。自死は違法ではないのに(自死に失敗しても罪に問われないということか)、それを助けることが法に反することに著者は納得がいっていない。「多くの国で自死幇助が合法化されているということは、実際にそれが機能することのエビデンスである」とまで言っているが、この論理に私は説得されなかった。逆に、反対派が主張するような、自死幇助を合法化すると障害者や高齢者など弱い立場にいる人々の命の価値が減じられる、というエビデンスは一切ないとしているが、どのようなエビデンスをとり得るのだろう。著者の書き方(元の英語ではなく日本語訳)によれば反対派は「多くの医師、親族、医療従事者が、弱い立場にいる人々に自死の手助けを頼むように説得したり、圧力をかけたりしていると主張」するそうだが、「本当?」と思ってしまう。少なくとも日本で起こり得ると想像できるのは「無言の圧力」だろう。日本人である私は、著者のこの書き方は自論を有利にするための「強弁」と思った。
もう一点、日本との違いと思われたのは、著者は「中絶と自死幇助に対して並外れた熱意を持って反対する人々の多くが信仰を持っている」とする点で、日本で自死幇助(いわゆる安楽死)合法化に反対する人の多くが宗教心が強いとは私には思えない。欧米では本当にそうなのだろうか。
自死幇助に関する議論は本書の最後近くにあり、上述のように私は全く納得できなかったことが、本書全体の印象を悪くしたのかも知れない。
by Henry Marsh
ヘンリー・マーシュ (小田嶋由美子・訳、仲野徹・監修)<みすず書房・2024.4.1>
既に引退した、イギリスの著名な脳外科医が進行性前立腺がんを宣告され、これまでの医者としての自分の態度を振り返るとともに、医療を良く知るがん患者として「残された時間」を考えた本。友人が経営するネパールの病院や、ソ連時代からのウクライナで医療に従事したこと、その他プライベート生活の記述が多々あったが、あまり興味がなかったのでここでは全て省略。時期的にはコロナ禍のロックダウンに始まり、あとがきにウクライナ侵攻が出てくる。Wikipediaで補足すれば著者の前立腺がんは化学的去勢と放射線治療によって寛解し、ロシア侵攻後のウクライナにも度々訪れて地元医師の指導をしているという。本書に対する不満はないが、既に数冊あるという、監修の仲野が絶賛する著作を読んでみたいとまでは思わなかった。
自分の脳のMRI画像を見て、その老化ぶりに衝撃を受けるところから本書は始まる。他人には見ないように勧めるのに、無意識のうちに自分は医者だから患者にはならない、と考えて、見てしまったことの告白で、がんになったことについても同じ感想を抱いたそうだ。自分ががんを宣告されたあと、昔の患者の記憶が蘇るようになったという。
医者としての自分を振り返った記述で印象深かったこと。
「外科医は、その成功によってではなく、失敗によって、すなわち合併症の発症率によって評価されなければならない」「一般的に言えば、優秀な外科医ほど難しい奨励の担当数が多くなり、結果的に合併症の発症率が高くなる」ため「こうした評価を行うことは意外なほど難しい」。
ふーん、なるほどね、という程度の印象だったのは、私はがんではなく、血管系の病気で死ぬと信じ込んでいるためか、あるいはこれまで友人、知人として接してきた医者のほとんどが内科系であったためか、どうも命に関わる病気で外科医にかかることが自分ごととして考えられないからかも知れない。
外科医は、キャリアの最初の頃には患者の前で実際よりずっと経験豊富で有能であるかのように振る舞わねばならない、という。そうしないと切られる患者が不安になるから、というのは納得できた。アメリカの進化論学者トリヴァースが提唱する「人間が有する自己欺瞞の能力」、すなわち「不正直な行いをするときに自分自身を欺けば、無意識の「気配」やそぶりを通じて自分の不正直さを露呈する可能性が低くなる」という説を引用して、外科医も同様であり、自己欺瞞は重要な臨床技術、という。著者は非常に誠実な医者のようだが、いつもその自覚をもって患者に接することができる、非常に自制的な医者はそれほど多くないだろう。
がん患者としての記述では、自分にそのような経験がないため、死に向き合う気持ちをリアリティを持って理解できた気がしなかった。がん患者が書いた本という意味では、遠い昔に読んだ江國滋の「おい癌め・・」の方が遥かに印象的だった。自分が死を間近にして身体が弱ってきたときでもできる趣味として確かに俳句はいいかも、と思ったことを覚えている。江國はそのまま死んで、マーシュは寛解したからかも知れない。実際に自分に死が迫ってきたと感じるときに本書を読んだら、また違う印象になるのだろうか。
本書で最も印象が強かったのは自死幇助に関する記述だ。著者はイギリスで自死幇助が合法化されていないことに強い不満を持っている。自死は違法ではないのに(自死に失敗しても罪に問われないということか)、それを助けることが法に反することに著者は納得がいっていない。「多くの国で自死幇助が合法化されているということは、実際にそれが機能することのエビデンスである」とまで言っているが、この論理に私は説得されなかった。逆に、反対派が主張するような、自死幇助を合法化すると障害者や高齢者など弱い立場にいる人々の命の価値が減じられる、というエビデンスは一切ないとしているが、どのようなエビデンスをとり得るのだろう。著者の書き方(元の英語ではなく日本語訳)によれば反対派は「多くの医師、親族、医療従事者が、弱い立場にいる人々に自死の手助けを頼むように説得したり、圧力をかけたりしていると主張」するそうだが、「本当?」と思ってしまう。少なくとも日本で起こり得ると想像できるのは「無言の圧力」だろう。日本人である私は、著者のこの書き方は自論を有利にするための「強弁」と思った。
もう一点、日本との違いと思われたのは、著者は「中絶と自死幇助に対して並外れた熱意を持って反対する人々の多くが信仰を持っている」とする点で、日本で自死幇助(いわゆる安楽死)合法化に反対する人の多くが宗教心が強いとは私には思えない。欧米では本当にそうなのだろうか。
自死幇助に関する議論は本書の最後近くにあり、上述のように私は全く納得できなかったことが、本書全体の印象を悪くしたのかも知れない。
<沈丁花が開花しました> ― 2025年04月08日
昨春、庭に地植えした沈丁花が何とか生き延びて、先週ついに開花しました。
ネットの情報によれば沈丁花の北限は東北地方南部とのことなのですが、北部の当地でもご近所に地植えしている方がいて、もう結構長い期間、問題なく咲いているというので、私も試してみました。ただその方は家の脇で北風があたらないように植えているのに対し、当方は吹きっさらしで、樹木に詳しい人からは「これは死ぬよ」と言われた、沈丁花にとってつらい環境でしたが、株の周囲に作った風除け(3月半ばに外しました)の効果か、あるいは温暖化の影響か、ともかくひと冬を越して花が咲きました。典型的な「花より団子」の私が、開花をこれほど喜ぶようになるとは、人は変わるものですね。
顔を近づけると、在京時に春を感じていた懐かしい香りがして大変満足です。まだ小さな株ですが、サボることなく毎冬、風除けで守りながら長く楽しめればと思っています。
ネットの情報によれば沈丁花の北限は東北地方南部とのことなのですが、北部の当地でもご近所に地植えしている方がいて、もう結構長い期間、問題なく咲いているというので、私も試してみました。ただその方は家の脇で北風があたらないように植えているのに対し、当方は吹きっさらしで、樹木に詳しい人からは「これは死ぬよ」と言われた、沈丁花にとってつらい環境でしたが、株の周囲に作った風除け(3月半ばに外しました)の効果か、あるいは温暖化の影響か、ともかくひと冬を越して花が咲きました。典型的な「花より団子」の私が、開花をこれほど喜ぶようになるとは、人は変わるものですね。
顔を近づけると、在京時に春を感じていた懐かしい香りがして大変満足です。まだ小さな株ですが、サボることなく毎冬、風除けで守りながら長く楽しめればと思っています。
「ちいさな社会」を愉しく生きる ― 2025年04月11日
たまたま図書館の新刊置き場で見て、自治会に関わるようになった今、住み良いコミュニティにする具体的なヒントがあればと思って読んだ本。著者は東大教育学部教授で、専門とする社会教育学・生涯学習論とは「人々が楽しく幸せに暮らすために、どのような日常の営みがあり、それと学びとの関係はどうなっているのかを考え、その学びを実践する学問」とのこと(著者の「『つくる生活』がおもしろい」より)。イメージがつかみにくい学問だが、おそらく本書が「学びの実践」の具体例なのだろう。
「ちいさな社会」とは、著者が「人々が楽しく幸せに暮らすために」必要と考えるコミュニティであり、本書では著者の大学ゼミがその立ち上げに関わった3つの例を取り上げている。残念ながら自分のコミュニティに直ぐに応用できそうなヒントは得られなかったが、その考え方は理解できて納得もしたので、いずれ参考にすることがあるかも知れない。
1つ目の例は17年前から続いている東京・世田谷区の空き家を使った「岡さんのいえTOMO」と呼ばれる取り組みで、「地域の人たちのために使って」との遺言とともに家を引き継いだオーナーの協力依頼から始まった。当初はゼミの学生たちが中心となって「留学生との餃子パーティや子どもたち向けの寺子屋、駄菓子屋と昔遊びなどのイベントなど、いろいろ取り交ぜて、思いつくままになんでもかんでもやってみた」という。よからぬことをやっているという噂も出たそうだが、子どもたちが「おもしろそう」と次々と集まってきて、そのうち学校の先生、保護者、地域の高齢者を巻き込んでいった。目指しているのは「多世代で交流する『まちのお茶の間』づくり」で、現在では世田谷区の外郭団体「世田谷トラストまちづくり」が支援する「地域共生のいえ」の一つとなり、参加者の思いつくままにいろんなイベントその他が行われている。マスコミに取り上げられて全国の自治体から視察が来るようになり、さらにはNHKワールドジャパンが世界に発信すると「高齢社会日本の新しいまちづくりの取り組み」としてアジア各地からも訪問者が来たという。しっかりしたホームページもあって、来年の夏までのスケジュールが載っていた。確かに凄そう。
空き家は全国に増え続けているが、実際に空いている家は少なく、貸してくれる大家さんも多くない、という。そもそも空き家は個人の所有物であり、さらに普通の家のように仏壇や家具、生活用品などが置いてあって、そこから人がいなくなっただけだからだ。その状況を突破するのに、先ずはまちのみんなで、掃除しますよ、と持ちかけて大家さんと一緒になって大掃除をする。掃除するうちに家の価値がみんなに伝わって、みんなで使いたいから貸してくれないか、との話になり、みんなが責任を持って使ってくれるならありがたい、と活用が始まることが多いという。実際に日本でどれほどの空き家がこの例のように活用されたか、は載っていないが、「私設公民館」を作る方法として、なるほどね、という感じか。
次の例は千葉県柏市の「限界(戸建て)団地」に住む高齢者からの相談がきっかけで始まったプロジェクト。ここでは著者の提案で対象を団地から小学校区まで広げて、子どもたちと高齢者を結びつける世代交流型のコミュニティを作った。地元のあらゆる団体に声をかけてそれぞれのリーダー格の人に参加してもらって実行委員会を立ち上げ、場所は行政が提供した公共施設の空き車庫を住民総出で改装して、居心地の良いカフェにしつらえた。オープンから既に12年、1日の利用者は平均120名というからかなりの規模と言えるだろう。週の半分を地域のグループによる活動の日、半分を自由に利用できる日としてあり、グループ活動の時間は半年先まで埋まっていて時間の取り合いになるほど活用されている(当方の自治公民館はほとんど空いている)。子どもたちが日常的に立ち寄り、地元の高齢者は登下校時の見守りと声がけをしたり、グループ活動に子どもを招いたり、地域の清掃活動を行ったりと、多世代交流があちこちで進められている。また学校との連携も強く、土曜授業や放課後子ども教室をこの実行委員会が担当し、学校の環境整備にも力を入れて、さらには学校の校外行事に同伴して先生方の負担を減らすなど、学校運営になくてはならない存在になっている、という。ここも大成功したケースのようだ。
うまくいくコツはともかく「楽しく」で、やらされ感は大敵。人が顔を突き合わせて認め合えるような小さな関係づくりから始め、皆が自分ごととして関わり、異質を排除せず、ネットワークを広げるというより、ドットを増やす。無理して新人を獲得したり、後継者を育成したりすることはしない。目的のために何をすべきか、ではなく、何が楽しいかは人それぞれなので、集まった人たちで楽しいことを始めることがキモのようだ。実際、ゼロからそれなりの活動が起きてくるまでの火の付け方が難しいだろうと思うので、楽しく始めるノウハウをもっと知りたいところだ。
中高生くらいの世代が「自治をやる」という言葉を使うとか。地下アイドル・Aちゃんの追っかけは自治ができてるけど、Bちゃんのは自治ができてない。自治ができている追っかけは皆で協調し、周囲にも配慮して後片付けや掃除も手伝うなど、追っかけの皆が仲間として楽しむのに対し、自治ができていない追っかけはバラバラで皆で楽しむ感じがない。実際にそんな例があるのかとも思うが、イメージはわかる。日本代表サッカーのサポートたちが、試合のあとの観客席を綺麗にして帰るという話を思い出した。
3つ目の例は那覇市若狭公民館が実践してきた「パーラー公民館」で、大ぶりのビーチパラソルとそれを支えるテーブルを公園などに置くだけでできる移動式の公民館。中心メンバーにはアーティストが多く、かなり独特で、いろんなバリエーションがあって、私には一番遠い感じがしたので詳細は省略。
最後の章では、大企業の役員経験者を中心に組織された一般社団法人「ディレクトフォース」を紹介し、その素晴らしさとともに弱点を指摘しているが、縁遠い話なのでこれも省略。
最初の2つの例は自治会/町内会や公設の公民館、社協などとは別の組織を立ち上げて作った点が興味深い。2つ目は公共施設だった場所を利用しているので、最初から少し公的な要素もあるが、「岡さんのいえ」は極めて個人的なところから立ち上げて、公的サポートは後からついてきた。都会だからできるのだろうか。
本書の3つの例はどれも非常にうまくいったケースと思うが、うまくいかなかった例についても知りたかった。「幸福な家庭はどれも似ているが、不幸な家庭はそれぞれに不幸である」のアンナ・カレーニナ原理のように、おそらく失敗(あるいは大成功とは言いにくい)例にはいろんな原因があり、それを知ることも実地のコミュニティづくりに参考になるように思うのだが。
「ちいさな社会」とは、著者が「人々が楽しく幸せに暮らすために」必要と考えるコミュニティであり、本書では著者の大学ゼミがその立ち上げに関わった3つの例を取り上げている。残念ながら自分のコミュニティに直ぐに応用できそうなヒントは得られなかったが、その考え方は理解できて納得もしたので、いずれ参考にすることがあるかも知れない。
1つ目の例は17年前から続いている東京・世田谷区の空き家を使った「岡さんのいえTOMO」と呼ばれる取り組みで、「地域の人たちのために使って」との遺言とともに家を引き継いだオーナーの協力依頼から始まった。当初はゼミの学生たちが中心となって「留学生との餃子パーティや子どもたち向けの寺子屋、駄菓子屋と昔遊びなどのイベントなど、いろいろ取り交ぜて、思いつくままになんでもかんでもやってみた」という。よからぬことをやっているという噂も出たそうだが、子どもたちが「おもしろそう」と次々と集まってきて、そのうち学校の先生、保護者、地域の高齢者を巻き込んでいった。目指しているのは「多世代で交流する『まちのお茶の間』づくり」で、現在では世田谷区の外郭団体「世田谷トラストまちづくり」が支援する「地域共生のいえ」の一つとなり、参加者の思いつくままにいろんなイベントその他が行われている。マスコミに取り上げられて全国の自治体から視察が来るようになり、さらにはNHKワールドジャパンが世界に発信すると「高齢社会日本の新しいまちづくりの取り組み」としてアジア各地からも訪問者が来たという。しっかりしたホームページもあって、来年の夏までのスケジュールが載っていた。確かに凄そう。
空き家は全国に増え続けているが、実際に空いている家は少なく、貸してくれる大家さんも多くない、という。そもそも空き家は個人の所有物であり、さらに普通の家のように仏壇や家具、生活用品などが置いてあって、そこから人がいなくなっただけだからだ。その状況を突破するのに、先ずはまちのみんなで、掃除しますよ、と持ちかけて大家さんと一緒になって大掃除をする。掃除するうちに家の価値がみんなに伝わって、みんなで使いたいから貸してくれないか、との話になり、みんなが責任を持って使ってくれるならありがたい、と活用が始まることが多いという。実際に日本でどれほどの空き家がこの例のように活用されたか、は載っていないが、「私設公民館」を作る方法として、なるほどね、という感じか。
次の例は千葉県柏市の「限界(戸建て)団地」に住む高齢者からの相談がきっかけで始まったプロジェクト。ここでは著者の提案で対象を団地から小学校区まで広げて、子どもたちと高齢者を結びつける世代交流型のコミュニティを作った。地元のあらゆる団体に声をかけてそれぞれのリーダー格の人に参加してもらって実行委員会を立ち上げ、場所は行政が提供した公共施設の空き車庫を住民総出で改装して、居心地の良いカフェにしつらえた。オープンから既に12年、1日の利用者は平均120名というからかなりの規模と言えるだろう。週の半分を地域のグループによる活動の日、半分を自由に利用できる日としてあり、グループ活動の時間は半年先まで埋まっていて時間の取り合いになるほど活用されている(当方の自治公民館はほとんど空いている)。子どもたちが日常的に立ち寄り、地元の高齢者は登下校時の見守りと声がけをしたり、グループ活動に子どもを招いたり、地域の清掃活動を行ったりと、多世代交流があちこちで進められている。また学校との連携も強く、土曜授業や放課後子ども教室をこの実行委員会が担当し、学校の環境整備にも力を入れて、さらには学校の校外行事に同伴して先生方の負担を減らすなど、学校運営になくてはならない存在になっている、という。ここも大成功したケースのようだ。
うまくいくコツはともかく「楽しく」で、やらされ感は大敵。人が顔を突き合わせて認め合えるような小さな関係づくりから始め、皆が自分ごととして関わり、異質を排除せず、ネットワークを広げるというより、ドットを増やす。無理して新人を獲得したり、後継者を育成したりすることはしない。目的のために何をすべきか、ではなく、何が楽しいかは人それぞれなので、集まった人たちで楽しいことを始めることがキモのようだ。実際、ゼロからそれなりの活動が起きてくるまでの火の付け方が難しいだろうと思うので、楽しく始めるノウハウをもっと知りたいところだ。
中高生くらいの世代が「自治をやる」という言葉を使うとか。地下アイドル・Aちゃんの追っかけは自治ができてるけど、Bちゃんのは自治ができてない。自治ができている追っかけは皆で協調し、周囲にも配慮して後片付けや掃除も手伝うなど、追っかけの皆が仲間として楽しむのに対し、自治ができていない追っかけはバラバラで皆で楽しむ感じがない。実際にそんな例があるのかとも思うが、イメージはわかる。日本代表サッカーのサポートたちが、試合のあとの観客席を綺麗にして帰るという話を思い出した。
3つ目の例は那覇市若狭公民館が実践してきた「パーラー公民館」で、大ぶりのビーチパラソルとそれを支えるテーブルを公園などに置くだけでできる移動式の公民館。中心メンバーにはアーティストが多く、かなり独特で、いろんなバリエーションがあって、私には一番遠い感じがしたので詳細は省略。
最後の章では、大企業の役員経験者を中心に組織された一般社団法人「ディレクトフォース」を紹介し、その素晴らしさとともに弱点を指摘しているが、縁遠い話なのでこれも省略。
最初の2つの例は自治会/町内会や公設の公民館、社協などとは別の組織を立ち上げて作った点が興味深い。2つ目は公共施設だった場所を利用しているので、最初から少し公的な要素もあるが、「岡さんのいえ」は極めて個人的なところから立ち上げて、公的サポートは後からついてきた。都会だからできるのだろうか。
本書の3つの例はどれも非常にうまくいったケースと思うが、うまくいかなかった例についても知りたかった。「幸福な家庭はどれも似ているが、不幸な家庭はそれぞれに不幸である」のアンナ・カレーニナ原理のように、おそらく失敗(あるいは大成功とは言いにくい)例にはいろんな原因があり、それを知ることも実地のコミュニティづくりに参考になるように思うのだが。
当事者は嘘をつく ― 2025年04月18日
小松原 織香 <筑摩書房・2022.1.26>
何年も前から読みたいと思っていた本。いわゆる「当事者研究」ではなく、当事者が苦しみ抜いて研究者となり、事件から20年以上たってカミングアウトした話である。NHK「こころの時代」で著者の言葉を聞いてさらに興味を持ち、読み終えたあとにまた録画を見直した。
最初に著者が苦闘の末にたどり着いた「回復の物語」を記す。
「私は19歳のときに性暴力の被害に遭いました。その後、トラウマに苦しみ、死を考えるほど追い詰められていました。でも、自助グループにであって、自分の経験を仲間たちと分かち合うなかで、回復することができました。それから、私はもっと性暴力の問題を追求したいと考え、大学院に進学しました。いまは研究者として活動しています。」
本書はこの経過の詳細を描いたもので、その時々にどのような状態で、どう考え、どう行動したか、を研究者らしい目線で分析している。
著者は、性暴力被害者に限らず、様々な原因でトラウマを抱える若い人が今後の人生を考える上で、あるいはそのような当事者の心情を理解するのに役立つかも知れないと考えて本書を書いた、という。「この本の目的は、性暴力の被害を告発することでも、被害者の苦しみを訴えることでもない。過去の強烈な経験を引きずりながら生き延びるなかで私が見た風景を描くことだ。」「真実を明らかにするためではなく、私の生きている世界を共有するために。」
著者の研究テーマである「修復的司法 Restorative Justice」は、国家が犯罪者を処罰することで問題の解決をはかる刑事司法に対して、被害者と加害者の対話を中心に置いて問題解決を目指す。著者の研究内容は博士論文を書籍化した「性暴力と修復的司法ーー対話の先にあるもの」(西尾学術奨励賞受賞)でわかるだろうが、読んでないので知らない。司法による問題解決には被害者の回復と加害者の更生(再犯の防止)の両方が含まれると思うが、これまで私が関心を持って読んできた坂上香は後者の視点なのに対して、本書を読む限り著者の場合は前者にある。
著者のトラウマは精神科医療で全く改善されず、2年足らずの自助グループへの参加によって冒頭の「回復の物語」を得て生き延びた。また著者は性暴力被害者に対する善意の支援者に対して「顔が紅潮し、血が沸騰するような怒りで爆発寸前」になる経験をした。当事者が欲する「私を理解して欲しい」という願いを医者も支援者も受け止めることはなかった、という。(後に訪れたノルウェーの医療者なら寄り添ってくれただろうに、と涙したそうだ。)著者は加害者に対して殺したいほどの怒りをもつ時期もあったが、「赦し」を与えることを考え続けた。一方、医者やカウンセラー、研究者などの支援者は終始、著者にとって「敵」であり、彼らに対する怒りのエネルギーが著者を研究者にした、と私は理解した。
著者は当事者と研究者の狭間で苦悩しながらも、当事者であることを伏せたまま長らく研究を続けた。その葛藤も本書に詳細に記されている。著者は学位取得の目処が立った頃から水俣病の修復的司法に関心を持ち、当事者ではない単なる支援者として水俣の人々と接するようになった。すなわち自身が憎んだ立場に身を置いたときの「風景」も本書に記している。
タイトルは著者がいつも気にしていることで、無意識のうちに嘘をついているのではないか、自分の言葉に嘘が含まれていないか、という自省の気持ちを表しているが、もう一つ、当事者であることを隠して、単なる支援者のふりをして研究者を続けてきたことも含まれる。
著者が経験した「トラウマ」は私がこれまでイメージしていたものを遥かに超えていて、サバイバーという言い方が納得できた。またそれが著者だけに起きたのではないことは、多くの被害者の分析をした精神科医や被害者サバイバーの文章の中に「これは自分のことだ」と著者が感じたという言葉に表されている。本書は当事者だけが持つそのリアリティを、研究者目線で長期間に渡って記したことに価値がある。なるほど、そう思うのか、という記述が多数あった。性暴力に限らず、おそらく虐待なども含めた様々な被害者が同様の状態に陥る可能性があるのだろう。今後、もし私が支援者の立場になった場合はもちろん、マスコミなどで様々な当事者の言動に接してその状況を把握しようとする際にも、本書で読んだことが影響するだろう。少なくとも私に関して著者の目的は達成された、と思う。
何年も前から読みたいと思っていた本。いわゆる「当事者研究」ではなく、当事者が苦しみ抜いて研究者となり、事件から20年以上たってカミングアウトした話である。NHK「こころの時代」で著者の言葉を聞いてさらに興味を持ち、読み終えたあとにまた録画を見直した。
最初に著者が苦闘の末にたどり着いた「回復の物語」を記す。
「私は19歳のときに性暴力の被害に遭いました。その後、トラウマに苦しみ、死を考えるほど追い詰められていました。でも、自助グループにであって、自分の経験を仲間たちと分かち合うなかで、回復することができました。それから、私はもっと性暴力の問題を追求したいと考え、大学院に進学しました。いまは研究者として活動しています。」
本書はこの経過の詳細を描いたもので、その時々にどのような状態で、どう考え、どう行動したか、を研究者らしい目線で分析している。
著者は、性暴力被害者に限らず、様々な原因でトラウマを抱える若い人が今後の人生を考える上で、あるいはそのような当事者の心情を理解するのに役立つかも知れないと考えて本書を書いた、という。「この本の目的は、性暴力の被害を告発することでも、被害者の苦しみを訴えることでもない。過去の強烈な経験を引きずりながら生き延びるなかで私が見た風景を描くことだ。」「真実を明らかにするためではなく、私の生きている世界を共有するために。」
著者の研究テーマである「修復的司法 Restorative Justice」は、国家が犯罪者を処罰することで問題の解決をはかる刑事司法に対して、被害者と加害者の対話を中心に置いて問題解決を目指す。著者の研究内容は博士論文を書籍化した「性暴力と修復的司法ーー対話の先にあるもの」(西尾学術奨励賞受賞)でわかるだろうが、読んでないので知らない。司法による問題解決には被害者の回復と加害者の更生(再犯の防止)の両方が含まれると思うが、これまで私が関心を持って読んできた坂上香は後者の視点なのに対して、本書を読む限り著者の場合は前者にある。
著者のトラウマは精神科医療で全く改善されず、2年足らずの自助グループへの参加によって冒頭の「回復の物語」を得て生き延びた。また著者は性暴力被害者に対する善意の支援者に対して「顔が紅潮し、血が沸騰するような怒りで爆発寸前」になる経験をした。当事者が欲する「私を理解して欲しい」という願いを医者も支援者も受け止めることはなかった、という。(後に訪れたノルウェーの医療者なら寄り添ってくれただろうに、と涙したそうだ。)著者は加害者に対して殺したいほどの怒りをもつ時期もあったが、「赦し」を与えることを考え続けた。一方、医者やカウンセラー、研究者などの支援者は終始、著者にとって「敵」であり、彼らに対する怒りのエネルギーが著者を研究者にした、と私は理解した。
著者は当事者と研究者の狭間で苦悩しながらも、当事者であることを伏せたまま長らく研究を続けた。その葛藤も本書に詳細に記されている。著者は学位取得の目処が立った頃から水俣病の修復的司法に関心を持ち、当事者ではない単なる支援者として水俣の人々と接するようになった。すなわち自身が憎んだ立場に身を置いたときの「風景」も本書に記している。
タイトルは著者がいつも気にしていることで、無意識のうちに嘘をついているのではないか、自分の言葉に嘘が含まれていないか、という自省の気持ちを表しているが、もう一つ、当事者であることを隠して、単なる支援者のふりをして研究者を続けてきたことも含まれる。
著者が経験した「トラウマ」は私がこれまでイメージしていたものを遥かに超えていて、サバイバーという言い方が納得できた。またそれが著者だけに起きたのではないことは、多くの被害者の分析をした精神科医や被害者サバイバーの文章の中に「これは自分のことだ」と著者が感じたという言葉に表されている。本書は当事者だけが持つそのリアリティを、研究者目線で長期間に渡って記したことに価値がある。なるほど、そう思うのか、という記述が多数あった。性暴力に限らず、おそらく虐待なども含めた様々な被害者が同様の状態に陥る可能性があるのだろう。今後、もし私が支援者の立場になった場合はもちろん、マスコミなどで様々な当事者の言動に接してその状況を把握しようとする際にも、本書で読んだことが影響するだろう。少なくとも私に関して著者の目的は達成された、と思う。
土偶を読むを読む ― 2025年04月19日
望月 昭秀ほか <文学通信・2023.4.28>
昨春に読んだ本。今回、メモを作るために再度借りてきたが、全体を読み直す気が起きず、ほんの少しの拾い読みで済ませたので、以下は1年前の記憶。
本書では、以前に読書メモを残した「土偶を読む」を考古学者たちが徹底的に批判して、土偶は食用植物をかたどったフィギュアだという竹倉説を木っ端微塵にしている。これはこれで充分に説得力があり、納得させられた印象が残っている。ネットで調べても今の時点で竹倉からの反論は全くないようで、本書の著者らが竹倉との討論会を本人や「土偶を読む」を出版した晶文社に申し込んだが断られた、との記事が見つかった。
以前のメモで絶賛したように、私も「土偶を読む」を感心しながらとても面白く読み、専門家の意見を聞きたいと思っていたが、結論としては素人が事実に反するデータを示して奇想天外な説を出しただけ、ということで終わったようだ。やはり専門家の意見を聞いてから判断しないとわからない、ということか。
昨春に読んだ本。今回、メモを作るために再度借りてきたが、全体を読み直す気が起きず、ほんの少しの拾い読みで済ませたので、以下は1年前の記憶。
本書では、以前に読書メモを残した「土偶を読む」を考古学者たちが徹底的に批判して、土偶は食用植物をかたどったフィギュアだという竹倉説を木っ端微塵にしている。これはこれで充分に説得力があり、納得させられた印象が残っている。ネットで調べても今の時点で竹倉からの反論は全くないようで、本書の著者らが竹倉との討論会を本人や「土偶を読む」を出版した晶文社に申し込んだが断られた、との記事が見つかった。
以前のメモで絶賛したように、私も「土偶を読む」を感心しながらとても面白く読み、専門家の意見を聞きたいと思っていたが、結論としては素人が事実に反するデータを示して奇想天外な説を出しただけ、ということで終わったようだ。やはり専門家の意見を聞いてから判断しないとわからない、ということか。
<フルマラソンを走ってきました> ― 2025年04月23日
私のフルマラソンのベストタイムは51歳のときの3時間9分台、もう20年以上前のことです。その頃は100キロマラソンにも何回か出たことがあり、ゴールはしたが途中で苦しくなって少しでも歩いてしまった場合は「完走できなかった」と悔しがったものでした。50代半ばに転職と転地でしばらくフルマラソンから離れましたが、60歳前に復活して、4時間少しで何回か走りました。その時もまだ身体の故障さえなく普通に練習を積めば完走は当然と思っていました。次にフルマラソンに出たのが6年ぶりの67歳のとき、4時間40分くらいかかりましたが、最後までわりと楽に走ったと記憶しています。1ヶ月後のレースで担当した5時間ペースランナー(5時間以内で走りたい人を一定のペースで誘導する)も問題なくこなしました。
その後コロナ禍になり、大会が再開された3年後、70歳を超えてからは5時間前後が普通になり、その頃から35キロ過ぎると歩きが入ることが多くなりました。タイムが落ちることは仕方ないのですが「完走」できない現実は受け入れ難く、何とかしたいとの思いが募ります。20年前と比べて、少し練習を休むと走力が落ちやすくなったことに加えて、疲労が抜けにくくなっていて休養が少ないと身体全体に疲れがたまってしまうようになり、さらにその兼ね合いが歳とともに変化していると感じます。フルマラソンを「完走」したい今の自分にとってどうするのがベストか、試行錯誤を続けていました。
そこで迎えた先週末のマラソン大会。この数ヶ月の練習スケジュールや当日のペースを工夫した成果か、最後は向かい風に苦しみましたが2年ぶりに歩くことなくゴールできました。タイムもほんの少しですがコロナ後の自己ベスト。大満足です。
コロナ前に比べても明らかな老化を感じますが、これが現実。後ろを向かずに前を見る。健康のことを考えれば、もうフルマラソンは止めた方がいいかなとも思いますが、私にとってモチベーション維持にフルを目標とすることは大きいので、まだしばらく続ける予定です。ランナーの諸先輩方を見ていると、大会の制限時間がフルを諦める大きな要因のようなので、私もそうなってフルを卒業するのかな、と思っています。ちなみに身近な大会では6時間なので、まだしばらく余裕がありそうです。
その後コロナ禍になり、大会が再開された3年後、70歳を超えてからは5時間前後が普通になり、その頃から35キロ過ぎると歩きが入ることが多くなりました。タイムが落ちることは仕方ないのですが「完走」できない現実は受け入れ難く、何とかしたいとの思いが募ります。20年前と比べて、少し練習を休むと走力が落ちやすくなったことに加えて、疲労が抜けにくくなっていて休養が少ないと身体全体に疲れがたまってしまうようになり、さらにその兼ね合いが歳とともに変化していると感じます。フルマラソンを「完走」したい今の自分にとってどうするのがベストか、試行錯誤を続けていました。
そこで迎えた先週末のマラソン大会。この数ヶ月の練習スケジュールや当日のペースを工夫した成果か、最後は向かい風に苦しみましたが2年ぶりに歩くことなくゴールできました。タイムもほんの少しですがコロナ後の自己ベスト。大満足です。
コロナ前に比べても明らかな老化を感じますが、これが現実。後ろを向かずに前を見る。健康のことを考えれば、もうフルマラソンは止めた方がいいかなとも思いますが、私にとってモチベーション維持にフルを目標とすることは大きいので、まだしばらく続ける予定です。ランナーの諸先輩方を見ていると、大会の制限時間がフルを諦める大きな要因のようなので、私もそうなってフルを卒業するのかな、と思っています。ちなみに身近な大会では6時間なので、まだしばらく余裕がありそうです。
最近のコメント