サイボーグになる テクノロジーと障害、わたしたちの不完全さについて2025年05月05日

キム・チョヨブ/金草葉、キム・ウォニョン/金源永(牧野美加・訳)<岩波書店・2022.11.17>

 後天性難聴の障害を有し、大学では自然科学を専攻したSF作家の女性(チョヨブ、1993年生まれ)と、生まれつき骨が弱い骨形成不全症のために3歳までに少なくとも10回以上の骨折を経験した弁護士で作家、パフォーマーでもある男性(ウォニョン、1982年生まれ)が章ごとに交互に書き、最後に対談が載っている。同じ論点を違う表現で繰り返して取り上げるなど、全体の統一性に少し不満が残ったが、全体としては充分に読む価値のある本と思った。対談では両者とも自分がどう感じているか、どう考えているのかを非常に率直に語っていて、彼らの問題意識が広く、深いことも感じられた。
 2人は約10歳の年齢差に加えて性別、専門性も異なるが、ともに10代半ばにそれぞれ補聴器、車椅子を使い始めたという共通点があり、当事者として本書のテーマを語っている。マイノリティ当事者が支援に関して書いた本という意味で「当事者は嘘をつく」と共通しており、どちらの場合も多くの支援者は上から目線で、当事者を画一的に見るため、当事者本人の意向を尊重するわけではない、と主張していると理解した。
 本タイトルを見たときは、補助器具を使っている障害者を「サイボーグ」と呼ぶことに違和感があったが、本書によれば障害当事者が自らをサイボーグと考えることは稀というから、世間の呼称を使って世の中に問いかけたと思われる。サイボーグという言葉はCybernetic と Organism からできた造語で、人間を宇宙に送るために考案されたそうで、「テクノロジーによって改造された新しい形態の人間で、臓器移植や薬物の注入、機械との結合などによって、極限の宇宙環境でも生存できるよう増強された人間を意味する」ものだった。
 科学技術の飛躍的な発展により障害を補う様々な機器が作られ、著者らを含めた多くの障害者に利用されている。さらに、たとえば階段を登る車椅子など画期的な補助機器も開発されている。また医療の面では、障害の治療法や新薬などに莫大な投資が行われ、いずれ障害者も非障害者と全く同じように生活できる未来が待っている、かのようなお伽話が語られている。しかし現実では、障害者には貧困に喘いでいる人が多く、最先端の高価な機器を使えるのはごく限られた人であり、また購入できるほど裕福な人でも他人の視線に耐えるという別の試練もある。
 障害を治療する医療についても著者らは懸念を表明する。確かに遠い未来の素晴らしい世界のために研究を続けることは必要であろうが、今、現実に困っている障害者が生きやすいようにすることも重要であり、そのバランスが金銭面でも社会の関心でも、前者に偏り過ぎている、と彼らは考えている。
 世の中には障害学なる学問があり、そこでは「障害は損傷した身体を持つ一個人の問題ではない、損傷と相互作用する社会や環境が特定の身体を『障害化」するのだ』と主張されている、という。障害を治療の対象と捉える「障害の医療モデル」に対して、「障害の社会モデル」では物理的な施設や社会制度を変えることによって障害を解消することを目指す。
 聴覚障害は目に見えないため、補聴器を使うことは障害の可視化に繋がり、聴覚障害者は社会的スティグマを嫌がって補聴器を付けないことが多い。高齢に伴う聴覚障害の場合でも同様で、私の周囲にもそういう高齢者がいるし、自分がそうなった場合を考えても如何にもありそうだ。「歩行車ではなく松葉杖を使い、あまり楽ではないけれど『脚のように見える』義足をつけ、リアルタイムで字幕を表示してくれるプログラムを使う代わりに、全神経を集中させて相手の口の形を見つめる人たち、つまりサイボーグなることよりならないことを、隠れたサイボーグとして生きることを選ぶ人たちが、ここにいる。スティグマ、非障害者のふりをして生きたいという切望、ありのまま受け入れてもらいたいという思い、それらのはざまで障害者は絶えず緊張の中に置かれている。スティグマが強い社会であるほど、障害や病気を抱える人たちはそれを隠すことを選択をする。」目立つことは悪いことであり、多数の人と同じことが重要な日本では特にそうだろう。
 種々のマイノリティの話と同様に、障害を正常に対する異常と捉えるのではなく、多様性の一部とする考え方が障害者の中で広がっている。障害を恥じたり否定したりしないという強固な自己認識に基づき、自分の障害は単なる差異や違いに過ぎないのであれば、その障害を治すために時間や費用をかけるのは矛盾していると考える。その先にあるのが、日本の脳性麻痺の障害者で尊敬を集めているという人権活動家が放ったという言葉「ぼくは障害を治す薬ができても飲みません!」である。その考えをどれほどの障害者が支持するかわからないが、理屈でいけばそうなるのは理解できる。ただ、もし私が同じ境遇にいたら、たとえ理屈ではそうでも、そのように考え行動するとは想像しにくい。
 その他にもいくつかの主張があったがカットして、印象に残ったことをいくつか。
 「感動ポルノ」とは、非障害者に感動やインスピレーションを与えるための道具として障害者をモノ扱いするマスコミやメディアを批判する表現。
 性的マイノリティが自らをクィア(queer:奇妙な、風変わりな)と呼ぶように、障害者が自らをクリップ(crip:不具)と呼ぶことで障害に対する蔑みを逆手に取り、非障害者中心主義や「正常性の規範」に積極的に抵抗する。「クリップ・テクノサイエンス宣言」では、これまでおもに非障害者の専門家が障害者のために技術を開発する、という構図を覆し、障害者や障害者コミュニティが自ら築き上げるテクノポリティックスの実現を目標とする。やはりどこか「当事者は嘘をつく」の小松原織香の考え方と重なり、一方的で寄り添う姿勢のない支援者に対するマイノリティの主張と思った。

<フルマラソンを走ってきました>2025年04月23日

 私のフルマラソンのベストタイムは51歳のときの3時間9分台、もう20年以上前のことです。その頃は100キロマラソンにも何回か出たことがあり、ゴールはしたが途中で苦しくなって少しでも歩いてしまった場合は「完走できなかった」と悔しがったものでした。50代半ばに転職と転地でしばらくフルマラソンから離れましたが、60歳前に復活して、4時間少しで何回か走りました。その時もまだ身体の故障さえなく普通に練習を積めば完走は当然と思っていました。次にフルマラソンに出たのが6年ぶりの67歳のとき、4時間40分くらいかかりましたが、最後までわりと楽に走ったと記憶しています。1ヶ月後のレースで担当した5時間ペースランナー(5時間以内で走りたい人を一定のペースで誘導する)も問題なくこなしました。
 その後コロナ禍になり、大会が再開された3年後、70歳を超えてからは5時間前後が普通になり、その頃から35キロ過ぎると歩きが入ることが多くなりました。タイムが落ちることは仕方ないのですが「完走」できない現実は受け入れ難く、何とかしたいとの思いが募ります。20年前と比べて、少し練習を休むと走力が落ちやすくなったことに加えて、疲労が抜けにくくなっていて休養が少ないと身体全体に疲れがたまってしまうようになり、さらにその兼ね合いが歳とともに変化していると感じます。フルマラソンを「完走」したい今の自分にとってどうするのがベストか、試行錯誤を続けていました。
 そこで迎えた先週末のマラソン大会。この数ヶ月の練習スケジュールや当日のペースを工夫した成果か、最後は向かい風に苦しみましたが2年ぶりに歩くことなくゴールできました。タイムもほんの少しですがコロナ後の自己ベスト。大満足です。
 コロナ前に比べても明らかな老化を感じますが、これが現実。後ろを向かずに前を見る。健康のことを考えれば、もうフルマラソンは止めた方がいいかなとも思いますが、私にとってモチベーション維持にフルを目標とすることは大きいので、まだしばらく続ける予定です。ランナーの諸先輩方を見ていると、大会の制限時間がフルを諦める大きな要因のようなので、私もそうなってフルを卒業するのかな、と思っています。ちなみに身近な大会では6時間なので、まだしばらく余裕がありそうです。

土偶を読むを読む2025年04月19日

望月 昭秀ほか <文学通信・2023.4.28>

 昨春に読んだ本。今回、メモを作るために再度借りてきたが、全体を読み直す気が起きず、ほんの少しの拾い読みで済ませたので、以下は1年前の記憶。
 本書では、以前に読書メモを残した「土偶を読む」を考古学者たちが徹底的に批判して、土偶は食用植物をかたどったフィギュアだという竹倉説を木っ端微塵にしている。これはこれで充分に説得力があり、納得させられた印象が残っている。ネットで調べても今の時点で竹倉からの反論は全くないようで、本書の著者らが竹倉との討論会を本人や「土偶を読む」を出版した晶文社に申し込んだが断られた、との記事が見つかった。
 以前のメモで絶賛したように、私も「土偶を読む」を感心しながらとても面白く読み、専門家の意見を聞きたいと思っていたが、結論としては素人が事実に反するデータを示して奇想天外な説を出しただけ、ということで終わったようだ。やはり専門家の意見を聞いてから判断しないとわからない、ということか。

当事者は嘘をつく2025年04月18日

小松原 織香 <筑摩書房・2022.1.26>

 何年も前から読みたいと思っていた本。いわゆる「当事者研究」ではなく、当事者が苦しみ抜いて研究者となり、事件から20年以上たってカミングアウトした話である。NHK「こころの時代」で著者の言葉を聞いてさらに興味を持ち、読み終えたあとにまた録画を見直した。
 最初に著者が苦闘の末にたどり着いた「回復の物語」を記す。
 「私は19歳のときに性暴力の被害に遭いました。その後、トラウマに苦しみ、死を考えるほど追い詰められていました。でも、自助グループにであって、自分の経験を仲間たちと分かち合うなかで、回復することができました。それから、私はもっと性暴力の問題を追求したいと考え、大学院に進学しました。いまは研究者として活動しています。」
 本書はこの経過の詳細を描いたもので、その時々にどのような状態で、どう考え、どう行動したか、を研究者らしい目線で分析している。
 著者は、性暴力被害者に限らず、様々な原因でトラウマを抱える若い人が今後の人生を考える上で、あるいはそのような当事者の心情を理解するのに役立つかも知れないと考えて本書を書いた、という。「この本の目的は、性暴力の被害を告発することでも、被害者の苦しみを訴えることでもない。過去の強烈な経験を引きずりながら生き延びるなかで私が見た風景を描くことだ。」「真実を明らかにするためではなく、私の生きている世界を共有するために。」
 著者の研究テーマである「修復的司法 Restorative Justice」は、国家が犯罪者を処罰することで問題の解決をはかる刑事司法に対して、被害者と加害者の対話を中心に置いて問題解決を目指す。著者の研究内容は博士論文を書籍化した「性暴力と修復的司法ーー対話の先にあるもの」(西尾学術奨励賞受賞)でわかるだろうが、読んでないので知らない。司法による問題解決には被害者の回復と加害者の更生(再犯の防止)の両方が含まれると思うが、これまで私が関心を持って読んできた坂上香は後者の視点なのに対して、本書を読む限り著者の場合は前者にある。
 著者のトラウマは精神科医療で全く改善されず、2年足らずの自助グループへの参加によって冒頭の「回復の物語」を得て生き延びた。また著者は性暴力被害者に対する善意の支援者に対して「顔が紅潮し、血が沸騰するような怒りで爆発寸前」になる経験をした。当事者が欲する「私を理解して欲しい」という願いを医者も支援者も受け止めることはなかった、という。(後に訪れたノルウェーの医療者なら寄り添ってくれただろうに、と涙したそうだ。)著者は加害者に対して殺したいほどの怒りをもつ時期もあったが、「赦し」を与えることを考え続けた。一方、医者やカウンセラー、研究者などの支援者は終始、著者にとって「敵」であり、彼らに対する怒りのエネルギーが著者を研究者にした、と私は理解した。
 著者は当事者と研究者の狭間で苦悩しながらも、当事者であることを伏せたまま長らく研究を続けた。その葛藤も本書に詳細に記されている。著者は学位取得の目処が立った頃から水俣病の修復的司法に関心を持ち、当事者ではない単なる支援者として水俣の人々と接するようになった。すなわち自身が憎んだ立場に身を置いたときの「風景」も本書に記している。
 タイトルは著者がいつも気にしていることで、無意識のうちに嘘をついているのではないか、自分の言葉に嘘が含まれていないか、という自省の気持ちを表しているが、もう一つ、当事者であることを隠して、単なる支援者のふりをして研究者を続けてきたことも含まれる。
 著者が経験した「トラウマ」は私がこれまでイメージしていたものを遥かに超えていて、サバイバーという言い方が納得できた。またそれが著者だけに起きたのではないことは、多くの被害者の分析をした精神科医や被害者サバイバーの文章の中に「これは自分のことだ」と著者が感じたという言葉に表されている。本書は当事者だけが持つそのリアリティを、研究者目線で長期間に渡って記したことに価値がある。なるほど、そう思うのか、という記述が多数あった。性暴力に限らず、おそらく虐待なども含めた様々な被害者が同様の状態に陥る可能性があるのだろう。今後、もし私が支援者の立場になった場合はもちろん、マスコミなどで様々な当事者の言動に接してその状況を把握しようとする際にも、本書で読んだことが影響するだろう。少なくとも私に関して著者の目的は達成された、と思う。

「ちいさな社会」を愉しく生きる2025年04月11日

 たまたま図書館の新刊置き場で見て、自治会に関わるようになった今、住み良いコミュニティにする具体的なヒントがあればと思って読んだ本。著者は東大教育学部教授で、専門とする社会教育学・生涯学習論とは「人々が楽しく幸せに暮らすために、どのような日常の営みがあり、それと学びとの関係はどうなっているのかを考え、その学びを実践する学問」とのこと(著者の「『つくる生活』がおもしろい」より)。イメージがつかみにくい学問だが、おそらく本書が「学びの実践」の具体例なのだろう。
 「ちいさな社会」とは、著者が「人々が楽しく幸せに暮らすために」必要と考えるコミュニティであり、本書では著者の大学ゼミがその立ち上げに関わった3つの例を取り上げている。残念ながら自分のコミュニティに直ぐに応用できそうなヒントは得られなかったが、その考え方は理解できて納得もしたので、いずれ参考にすることがあるかも知れない。
 1つ目の例は17年前から続いている東京・世田谷区の空き家を使った「岡さんのいえTOMO」と呼ばれる取り組みで、「地域の人たちのために使って」との遺言とともに家を引き継いだオーナーの協力依頼から始まった。当初はゼミの学生たちが中心となって「留学生との餃子パーティや子どもたち向けの寺子屋、駄菓子屋と昔遊びなどのイベントなど、いろいろ取り交ぜて、思いつくままになんでもかんでもやってみた」という。よからぬことをやっているという噂も出たそうだが、子どもたちが「おもしろそう」と次々と集まってきて、そのうち学校の先生、保護者、地域の高齢者を巻き込んでいった。目指しているのは「多世代で交流する『まちのお茶の間』づくり」で、現在では世田谷区の外郭団体「世田谷トラストまちづくり」が支援する「地域共生のいえ」の一つとなり、参加者の思いつくままにいろんなイベントその他が行われている。マスコミに取り上げられて全国の自治体から視察が来るようになり、さらにはNHKワールドジャパンが世界に発信すると「高齢社会日本の新しいまちづくりの取り組み」としてアジア各地からも訪問者が来たという。しっかりしたホームページもあって、来年の夏までのスケジュールが載っていた。確かに凄そう。
 空き家は全国に増え続けているが、実際に空いている家は少なく、貸してくれる大家さんも多くない、という。そもそも空き家は個人の所有物であり、さらに普通の家のように仏壇や家具、生活用品などが置いてあって、そこから人がいなくなっただけだからだ。その状況を突破するのに、先ずはまちのみんなで、掃除しますよ、と持ちかけて大家さんと一緒になって大掃除をする。掃除するうちに家の価値がみんなに伝わって、みんなで使いたいから貸してくれないか、との話になり、みんなが責任を持って使ってくれるならありがたい、と活用が始まることが多いという。実際に日本でどれほどの空き家がこの例のように活用されたか、は載っていないが、「私設公民館」を作る方法として、なるほどね、という感じか。
 次の例は千葉県柏市の「限界(戸建て)団地」に住む高齢者からの相談がきっかけで始まったプロジェクト。ここでは著者の提案で対象を団地から小学校区まで広げて、子どもたちと高齢者を結びつける世代交流型のコミュニティを作った。地元のあらゆる団体に声をかけてそれぞれのリーダー格の人に参加してもらって実行委員会を立ち上げ、場所は行政が提供した公共施設の空き車庫を住民総出で改装して、居心地の良いカフェにしつらえた。オープンから既に12年、1日の利用者は平均120名というからかなりの規模と言えるだろう。週の半分を地域のグループによる活動の日、半分を自由に利用できる日としてあり、グループ活動の時間は半年先まで埋まっていて時間の取り合いになるほど活用されている(当方の自治公民館はほとんど空いている)。子どもたちが日常的に立ち寄り、地元の高齢者は登下校時の見守りと声がけをしたり、グループ活動に子どもを招いたり、地域の清掃活動を行ったりと、多世代交流があちこちで進められている。また学校との連携も強く、土曜授業や放課後子ども教室をこの実行委員会が担当し、学校の環境整備にも力を入れて、さらには学校の校外行事に同伴して先生方の負担を減らすなど、学校運営になくてはならない存在になっている、という。ここも大成功したケースのようだ。
 うまくいくコツはともかく「楽しく」で、やらされ感は大敵。人が顔を突き合わせて認め合えるような小さな関係づくりから始め、皆が自分ごととして関わり、異質を排除せず、ネットワークを広げるというより、ドットを増やす。無理して新人を獲得したり、後継者を育成したりすることはしない。目的のために何をすべきか、ではなく、何が楽しいかは人それぞれなので、集まった人たちで楽しいことを始めることがキモのようだ。実際、ゼロからそれなりの活動が起きてくるまでの火の付け方が難しいだろうと思うので、楽しく始めるノウハウをもっと知りたいところだ。
 中高生くらいの世代が「自治をやる」という言葉を使うとか。地下アイドル・Aちゃんの追っかけは自治ができてるけど、Bちゃんのは自治ができてない。自治ができている追っかけは皆で協調し、周囲にも配慮して後片付けや掃除も手伝うなど、追っかけの皆が仲間として楽しむのに対し、自治ができていない追っかけはバラバラで皆で楽しむ感じがない。実際にそんな例があるのかとも思うが、イメージはわかる。日本代表サッカーのサポートたちが、試合のあとの観客席を綺麗にして帰るという話を思い出した。
 3つ目の例は那覇市若狭公民館が実践してきた「パーラー公民館」で、大ぶりのビーチパラソルとそれを支えるテーブルを公園などに置くだけでできる移動式の公民館。中心メンバーにはアーティストが多く、かなり独特で、いろんなバリエーションがあって、私には一番遠い感じがしたので詳細は省略。
 最後の章では、大企業の役員経験者を中心に組織された一般社団法人「ディレクトフォース」を紹介し、その素晴らしさとともに弱点を指摘しているが、縁遠い話なのでこれも省略。
 最初の2つの例は自治会/町内会や公設の公民館、社協などとは別の組織を立ち上げて作った点が興味深い。2つ目は公共施設だった場所を利用しているので、最初から少し公的な要素もあるが、「岡さんのいえ」は極めて個人的なところから立ち上げて、公的サポートは後からついてきた。都会だからできるのだろうか。
 本書の3つの例はどれも非常にうまくいったケースと思うが、うまくいかなかった例についても知りたかった。「幸福な家庭はどれも似ているが、不幸な家庭はそれぞれに不幸である」のアンナ・カレーニナ原理のように、おそらく失敗(あるいは大成功とは言いにくい)例にはいろんな原因があり、それを知ることも実地のコミュニティづくりに参考になるように思うのだが。

<沈丁花が開花しました>2025年04月08日

 昨春、庭に地植えした沈丁花が何とか生き延びて、先週ついに開花しました。
 ネットの情報によれば沈丁花の北限は東北地方南部とのことなのですが、北部の当地でもご近所に地植えしている方がいて、もう結構長い期間、問題なく咲いているというので、私も試してみました。ただその方は家の脇で北風があたらないように植えているのに対し、当方は吹きっさらしで、樹木に詳しい人からは「これは死ぬよ」と言われた、沈丁花にとってつらい環境でしたが、株の周囲に作った風除け(3月半ばに外しました)の効果か、あるいは温暖化の影響か、ともかくひと冬を越して花が咲きました。典型的な「花より団子」の私が、開花をこれほど喜ぶようになるとは、人は変わるものですね。
 顔を近づけると、在京時に春を感じていた懐かしい香りがして大変満足です。まだ小さな株ですが、サボることなく毎冬、風除けで守りながら長く楽しめればと思っています。

残された時間 脳外科医マーシュ、がんと生きる2025年04月07日

And Finally - Matters of Life and Death
by Henry Marsh
ヘンリー・マーシュ (小田嶋由美子・訳、仲野徹・監修)<みすず書房・2024.4.1>

 既に引退した、イギリスの著名な脳外科医が進行性前立腺がんを宣告され、これまでの医者としての自分の態度を振り返るとともに、医療を良く知るがん患者として「残された時間」を考えた本。友人が経営するネパールの病院や、ソ連時代からのウクライナで医療に従事したこと、その他プライベート生活の記述が多々あったが、あまり興味がなかったのでここでは全て省略。時期的にはコロナ禍のロックダウンに始まり、あとがきにウクライナ侵攻が出てくる。Wikipediaで補足すれば著者の前立腺がんは化学的去勢と放射線治療によって寛解し、ロシア侵攻後のウクライナにも度々訪れて地元医師の指導をしているという。本書に対する不満はないが、既に数冊あるという、監修の仲野が絶賛する著作を読んでみたいとまでは思わなかった。
 自分の脳のMRI画像を見て、その老化ぶりに衝撃を受けるところから本書は始まる。他人には見ないように勧めるのに、無意識のうちに自分は医者だから患者にはならない、と考えて、見てしまったことの告白で、がんになったことについても同じ感想を抱いたそうだ。自分ががんを宣告されたあと、昔の患者の記憶が蘇るようになったという。
 医者としての自分を振り返った記述で印象深かったこと。
 「外科医は、その成功によってではなく、失敗によって、すなわち合併症の発症率によって評価されなければならない」「一般的に言えば、優秀な外科医ほど難しい奨励の担当数が多くなり、結果的に合併症の発症率が高くなる」ため「こうした評価を行うことは意外なほど難しい」。
 ふーん、なるほどね、という程度の印象だったのは、私はがんではなく、血管系の病気で死ぬと信じ込んでいるためか、あるいはこれまで友人、知人として接してきた医者のほとんどが内科系であったためか、どうも命に関わる病気で外科医にかかることが自分ごととして考えられないからかも知れない。
 外科医は、キャリアの最初の頃には患者の前で実際よりずっと経験豊富で有能であるかのように振る舞わねばならない、という。そうしないと切られる患者が不安になるから、というのは納得できた。アメリカの進化論学者トリヴァースが提唱する「人間が有する自己欺瞞の能力」、すなわち「不正直な行いをするときに自分自身を欺けば、無意識の「気配」やそぶりを通じて自分の不正直さを露呈する可能性が低くなる」という説を引用して、外科医も同様であり、自己欺瞞は重要な臨床技術、という。著者は非常に誠実な医者のようだが、いつもその自覚をもって患者に接することができる、非常に自制的な医者はそれほど多くないだろう。
 がん患者としての記述では、自分にそのような経験がないため、死に向き合う気持ちをリアリティを持って理解できた気がしなかった。がん患者が書いた本という意味では、遠い昔に読んだ江國滋の「おい癌め・・」の方が遥かに印象的だった。自分が死を間近にして身体が弱ってきたときでもできる趣味として確かに俳句はいいかも、と思ったことを覚えている。江國はそのまま死んで、マーシュは寛解したからかも知れない。実際に自分に死が迫ってきたと感じるときに本書を読んだら、また違う印象になるのだろうか。
 本書で最も印象が強かったのは自死幇助に関する記述だ。著者はイギリスで自死幇助が合法化されていないことに強い不満を持っている。自死は違法ではないのに(自死に失敗しても罪に問われないということか)、それを助けることが法に反することに著者は納得がいっていない。「多くの国で自死幇助が合法化されているということは、実際にそれが機能することのエビデンスである」とまで言っているが、この論理に私は説得されなかった。逆に、反対派が主張するような、自死幇助を合法化すると障害者や高齢者など弱い立場にいる人々の命の価値が減じられる、というエビデンスは一切ないとしているが、どのようなエビデンスをとり得るのだろう。著者の書き方(元の英語ではなく日本語訳)によれば反対派は「多くの医師、親族、医療従事者が、弱い立場にいる人々に自死の手助けを頼むように説得したり、圧力をかけたりしていると主張」するそうだが、「本当?」と思ってしまう。少なくとも日本で起こり得ると想像できるのは「無言の圧力」だろう。日本人である私は、著者のこの書き方は自論を有利にするための「強弁」と思った。
 もう一点、日本との違いと思われたのは、著者は「中絶と自死幇助に対して並外れた熱意を持って反対する人々の多くが信仰を持っている」とする点で、日本で自死幇助(いわゆる安楽死)合法化に反対する人の多くが宗教心が強いとは私には思えない。欧米では本当にそうなのだろうか。
 自死幇助に関する議論は本書の最後近くにあり、上述のように私は全く納得できなかったことが、本書全体の印象を悪くしたのかも知れない。

<ブログを再開します>2025年04月05日

 昨年の4月から成り行きで地域の自治会長を仰せつかり、急に忙しくなってこの1年間、ブログを休んでしまいました。これまで自治会に全く関わっていなかったので年度当初は右も左もわからず、あたふたと目先のことをこなし、いくつかの喫緊の課題にも何とか対処してきましたが、ようやく一通りの年間行事が無事に終わって一段落です。当初は激減した読書もこのところ以前のペースに戻りつつあり、新聞書評や図書館の新刊案内にも目を通すようになってきました。
 1年を振り返ると図書館で借りた本は非常に少なく、読んだのはネット経由で購入した安い本ばかりで、もちろんその中に印象深かったものもいくつかありましたが、何日もかけてじっくり取り組んだと言えるのは数冊に過ぎません。本の購入費がこれまでと比較してかなり多くなったのは皮肉なことでした。
 元々このブログは読書仲間を広げる手段として始めたもので、詳細な読書メモを作るつもりはなかったのですが、書いていると「間違いがないように」や「なるべく全貌を」という意識が次第に強くなり、自分でハードルを上げてしまったようです。これでは時間がかかり過ぎ、今回のように余裕がなくなると直ぐに途絶えてしまうので、少し考え方を変えて、読んで何らかの収穫があった本については、簡単なメモだけでも残すようにしようと思います。しばらくは、過去に読んで印象深かった本も振り返ってみるつもりです。
 さらに再開に当たってもう一つ、読書以外の畑やランニングなどの日々の活動や、これまでに読んだ本の影響が現実の生活、特に今は自治会の活動とどう結びついたかなど、についてももっと多く、幅広く書こうと思っています。
 ブログは義務ではないし、誰かに頼まれて書いているわけでもないので、無理のない頻度で更新し、また挫折したら、また考えることにします。

くらしのアナキズム2024年03月23日

松村圭一郎 <ミシマ社・2021.9.28>

 これも人類学者が書いた本。最初に読んだのは2年ほど前だが、最近、地域活動にさらに深く関わることになり、自分の活動を考えるのに関連することが書いてあったと思い、再読してメモを残すことにした。従って本書全体のメモではなく、今の自分が記録したいことだけ。著者は大学院時代にデヴィッド・グレーバーの本を読んで啓発され、アナキズムに関心を持つようになったらしい。本書では、私も以前に読んだスコットの「反穀物の人類史」、きだみのるの「にっぽん部落」、レヴィ=ストロースの「悲しき熱帯」に加えて、モース、クラストル、ブローデル、鶴見俊輔、宮本常一などの記述を紹介しつつ、自身がエチオピアの村で観察した様子も考え合わせて、身近なところから考えるアナキズムについて書いている。
 人類学者が調査・研究してきた国家なき社会にも政治的なリーダーはいた。レヴィ=ストロースはブラジル・アマゾンの先住民のバンドの首長には明確に定められた権限や公に認められた権威はなく、人々の同意だけによって支えられている、とする。そのような首長は強権を奮って周囲を従わせることはできず、ひたすら多数の同意を維持する努力をするしかない。リーダーは自分の利益のために動くものではなく、共同体のために働き、それをする限りにおいて、ある種の権威や特権を一時的に集団から託されているに過ぎない。「人びとは、リーダーが集団の目標に貢献しているのか、つねに関心を寄せ、そこから道をはずれると、さっと同意を翻す。国家が人びとを監視する監視社会とは逆に、リーダーがつねに人びとから監視されているのだ」。
 首長は社会のなかで生じるさまざまな問題を解決するための役割を担う。威信と言葉以外につかえる強制力をともなう手段は持たない。首長は決断をして意思決定をするのではなく、巧みに言葉を使って人々を説得し、集団の同意を形成する。この同意を得るための手法は、徹底した会話につきる。民俗学者・宮本常一の記述でも日本の部落における「寄りあい」について、肯定的な意見も否定的な意見も出るなかで、決して無理をせず、気が熟すのを待って、皆の気持ちが落ち着くまで話し合った後に、長老が落としどころを提案する。グレーバーが言うように、日本でも多数決で答えを出すことは、敵対関係を作ることになるため、徹底して避ける。小さい集団を作る人類はこのようにして生き残ってきたのであろう。
 ダム建設や原発の誘致、基地建設などで日本各地が賛成派と反対派との分断に地域社会が文字通り破壊されることが度々起きている。これに関して、猪瀬浩平は「むらと原発」の中で高知県窪川町(現四万十町)で原発誘致をめぐって起きた対立について記している。賛成と反対の勢力は拮抗し、町長の選挙やリコールが繰り返され、全国的にも画期的な原発設置についての住民投票条例も可決されたが、結局、投票は実施されなかった。一方、原発とは全く別の案件として農業機械化のための土地整備事業が行われ、ここでは長い時間をかけて合意形成が図られた。結局はチェルノブイリ原発事故が起き、また他の原発設置が進んだことにより、窪川町の原発は見送られたが、町を二分する対立とは別の案件で両陣営の人の間の会話は続けられており、「骨肉を争った町民同士の『けんか』をここらでやめんと、窪川の町がだめになる」との判断が生まれ、事態は収拾された。
 以下は他に印象に残ったことがら。
 スコットは「文字が国家をつくる」と主張する。メソポタミアで最初期の国家が誕生したのは紀元前3300年頃だと考えられ、この時期は歴史上はじめて文字が登場した時と一致する。国家を維持するには非生産者(官吏、職人、兵士、聖職者、貴族階級)を食べさせるための余剰食料が必要であり、それを確保するには継続的な穀物の記録・管理が必須だった。最初期のメソポタミアでは、ほぼ簿記の目的のためだけに文字が使われており、文学や神話などが文字で記されたのは、それから500年以上たってからのことだった、という。一方、国家が誕生したあとも、あえて国家や文明から逃れた膨大な数の人々が生きてきたが、そのような人々に関する記録は全く残されていない。
 グレーバーの印象的な言葉も引用しているのでここに残しておく。イラクでサダム・フセイン政権が倒れたあとに暴動や略奪が起きたのは「人びとを、子供として処するなら、彼らは子供のように振舞う」から。

安楽死が合法の国で起こっていること2024年03月09日

児玉真美 <ちくま新書・2023.11.10>

 たまたま本屋で見かけ、タイトルに興味を持って読んでみた。安楽死を合法化した欧米の国はどこも、当初の極く限定された対象者が次第に増える方向に法律が変わり、さらに安楽死に対する医療関係者や一般の人々の意識も大きく変わってきているという。本書の内容がほぼ現状と考えると、日本でどんな厳しい条件をつけるにしても一旦、安楽死を合法化したら同様なことが起こるだろう、と容易に想像され、私にはかなり衝撃的な内容だった。
 著者は重度障害者の母であり、元は英語教員であったが今は日本ケアラー連盟代表理事で著述家、さらに語学力を生かして、安楽死に関する世界の状況をフォローしてブログで発信している。本書は現在までの「世界の安楽死の周辺ではさらに何が起こってきたか、そこにどんな危うさが見え隠れしているのか」をまとめたもの。以前に読んで読書メモを書いた「<反延命>主義の時代」と基本的なスタンスは同じで、最近の日本の安楽死容認の流れを危惧して書かれているが、今回は著者への反発の気持ちが全く起きなかっただけでなく、自分の考え方に修正を迫られた。
 先ず基本的な事項として安楽死に類する言葉の整理から。国際的に定まった定義はなく、専門家の間でも微妙に異なるようだが、本書では「尊厳死」「安楽死」「医師幇助自殺」を区別して説明している。「尊厳死」は医学的にはまだ生き延びることができるが、治療や処置、栄養補給などを控えて死を迎えることで、これはがん末期や老衰などの患者を対象に日本でも一般に行われている。これに対して「安楽死」は、医師が薬物を投与して患者を死なせることをいう。前者を消極的安楽死、後者を積極的安楽死ともいう。「医師幇助自殺」は死に至る最後のスイッチを患者自身が入れるもので、現在では薬物点滴装置のストッパーを患者が外して自殺することを指す。「安楽死」が合法化されていると言われるスイスで認められているのは「医師幇助自殺」であり、「(積極的)安楽死」は違法だそうだ。「安楽死」と「医師幇助自殺」の違いは私には本質的な話ではないと感じられるが、法的には重要なのだろう。但し、米国では医師幇助自殺を「尊厳死(dying/death with dignity)」と呼び、さらに人によっては「(積極的)安楽死」をも「尊厳死」と表現することがあるというから、確かにややこしい。
 2023年5月下旬の時点で合法化されている国
・積極的安楽死も合法化 ベルギー、オランダ、ルクセンブルグ、スペイン、ポルトガル、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、コロンビア
・医師幇助自殺のみ合法化:スイス、オーストリア、米国10州とDC
 この他に、イタリア、ペルーなどで個別の訴訟に対して自殺幇助を認めた判例が相次いでいる。

 1995年に米国オレゴン州、ついで2001年オランダ、2002年ベルギーで安楽死を合法化したときは「もはや救命がかなわない患者にどうしても緩和不能な耐えがたい苦痛がある場合の最後の例外的な救済措置」として考えられ、「合法化」というよりも、際どい行為をする医師を免責し「非犯罪化」したという表現の方が正しい、という。それが終末期でなくとも「肉体的に耐えがたい苦痛」の患者へと広がり、さらに精神的な苦痛も対象となるようになった。ここまでの変遷は、漠然とではあるが自分でも認識していたと思うが、難病患者、重度障害者、認知症患者、精神/発達/知的障害者、病気の子どもなどに広がっている、と言われると確かに気になってくる。それどころか、スイスへの自殺ツーリズム(同国の医師幇助自殺は外国人も受け入れる)では、「命にかかわる病気があるわけではないけど人生はもう完結したと考える人や、将来的に家族の負担になることを案じる高齢者の医師幇助自殺が『理性的自殺』『先制的自殺』などと称され、近年とみに増加している」という。さらに著者が、後発ながら現在では最もラディカルと考えるカナダ(後述)では「苦しみを軽減する手段が経済的に容認できない」、すなわちお金がないから安楽死を選ぶとも言える例まで容認されているそうだ。
 このような範囲の拡大だけでなく、対象者を認定する際の要件も緩和される方向で進んでおり、立会人が複数必要だったのを一人にするとか、意思確認に慎重を期すために設けられた患者の考慮時間も大幅に短縮するなどが行われているという。「合法化した後でどこかが要件を緩和すれば、後から合法化する国のハードルは下がる。そうしてどこかが後に続くことで、安楽死のいわば『国際的スタンダード』はじわじわと下がっていく」。「すべり坂 (slippery slope)」とは、生命倫理学で使われる喩えで、ある方向に足を踏み出すと、そこはすべりやすい坂道になっていて、一歩足をすべらせたらどこまでも転がり落ちていくイメージだそうだが、安楽死の状況はまさに「すべり坂」と表現されている。
 著者がこの変化の大きな転換点とするのが、2016年にカナダが合法化した際に積極的安楽死と医師幇助自殺を合わせてMAID (Medical Assistance in Dying、死にゆく際の医療的介助)と称したことで、これによって安楽死が緩和ケアと同類に位置づけられた、と考えられ、医療関係者の感じるハードルが低くなった。充分な緩和ケアが行われないために激しい苦痛を感じて安楽死を選ぶ(選ばざるを得ない)患者もいるだろう。
 ベルギーの医療現場では安楽死がルーティン化、瑣末化(trivialization)し、法律で禁じられている医療サイドから患者への安楽死の提案がなされたり、義務付けられている安楽死の報告は実際の半分程度、などが医療職らの本や論文に紹介されている、という。さらに絶対的な要件であるはずの「自己決定」の原則が、認知症や発達/知的障害、さらに理解力が低い子どもへの拡大により、曖昧になりつつある。これらの国々では、安楽死が全死亡の数%になっているという。
 安楽死を社会保障費削減策の一つと考えたり、臓器移植の提供手段として利用するなども実際に行われているとのことで、社会からの圧力も大きい。ここにさらに「<反延命>主義の時代」でも取り上げられた「無益な治療」論が加わり、コロナ禍での対応を含めてかなりのページが割かれているがここでは省略。著者は重度障害者の母でもあるから、その実体験からの発言は深い。
 著者は「安楽死を個人の『権利』と認めて合法化し、なお高齢者や障害者や病者や貧困層など社会的弱者の命が不当に切り捨てられたり脅かされたりすることのない社会は、はたして実現可能なのかーー。海外の動向を追いかけながら、そのことをずっと考えてきた。今のところ私には、安楽死合法化の『先進国』にそのチャレンジに成功している例があるとは思えない。まして、権威主義的で、組織や集団からの同調圧力が大きな日本の文化風土の中では、その試みはより危険なものとなるだろう。私は日本で安楽死が合法化されることには、欧米以上にリスクが大きいと考えている。」と言う。苦しんでいる人がいるのだから議論だけでも始めよう、というのは「あまりにナイーブではないだろうか」と言われれば、同意せざるを得ないし、本書における著者の考察は非常に説得力がある。
 最終的な著者の主張はこうだ。「議論を原点の終末期の人に戻すべきで・・・・『終末期の人には安楽死を認めるべきか』ではなく、問題を『終末期の人の痛み苦しみに対して何ができるか』へと設定しなおすべきだ」「常に医療のそばに身を置く重い障害のある人と家族の立場から言えば『死ぬ権利』を云々する前に、『もうどうしても死を避けられなくなった時に、十分な緩和ケアと社会的ケアを受けながら、最後まで固有の人生を生きる主体として尊重されて、苦しまずに生きる権利』を主張したい」。最近のデータでは、今なお癌患者の4割が痛み苦しみながら死んでおり、少なくとも家族は、医師が十分に対応してくれなかったと感じている、という。「患者は痛みに耐えているのではなく、痛みを訴えても聞く耳を持ってくれない医師に耐えているのです」という緩和ケア医の言葉を引用している。