世界少子化考 子供が増えれば幸せなのか2022年07月23日

毎日新聞取材班 <毎日新聞出版・2022.4.20>

 毎日新聞の記者たちが、韓国、中国、フランス、イスラエル、米国、ハンガリー、フィンランドの少子化対策の実情を取材して、日本と比較しつつまとめた本。但し、フランスと米国は国による「少子化対策」ではなく、リプロダクティブ・ライツ(性や生殖に関する権利)の視点から進められている政策あるいは企業活動についてで、子供を持つことに関する女性の選択肢拡大の話。国ごとに歴史的背景や民族意識、家族観, 結婚のしきたりなどに様々な違いがある上に、女性の権利に関する制度や政治的状況も異なるため、国による違いが非常に大きい。
 日本を含めた東アジア3国は共通点も多いが、韓国の合計特殊出生率(以下、出生率。計算上は2.1で人口維持、日本は1.3から1.4)は世界最低水準の0.8くらいであり、中国も一人っ子政策の反動が大きく、国の強い権限を持ってしても対策は非常に難しそうで、どちらも少子化は日本以上に深刻な状況らしい。この両国に加えフランス、米国のことは以前に新聞・TV等で知っていたことがあったが、残り3つの国については全く知らなかったので、その概要を以下に記す。
 イスラエルは先進国としては例外的に出生率が高い(3.0)。その要因として、国内のユダヤ人の人口をアラブ人より少なくならないようにする国策もあるがそれ以上に、迫害を受けたユダヤ民族の長い歴史、親族の絆が強い大家族主義、好調な経済の持続などがあり、さらにユダヤ人には、子供は社会が育てるという考え方が浸透しているという。そのため女性の社会進出が進んでも、子供を多く持ちたいという人がその欲求を満たすことが可能となるようだ。
 ハンガリーは1989年の社会主義体制崩壊の直後から出生率が急速に低下し、91年に1.87だったのが99年には1.28にまで落ち込んだ。さらに2004年のEU加盟以降、若い世代を中心に西側諸国への移住が増え、人口減少に拍車をかけた。これに対して2010年に政権に返り咲いたオルバーン首相は少子化対策を最優先課題として、出産ローン(3人生まれれば全額免除)や所得減税など、より多くの子供を産むことへのインセンティブを与える政策を実施し、11年に1.23だった出生率を18年には1.55まで引き上げた。シンガポールやロシアをモデルとして「非自由民主主義」を標榜し、反移民や反LGBTを明確に打ち出して西側諸国から批判が多いオルバーン首相だが、人口問題に関しては存在感を高めているという。しかしこれらの政策の恩恵を被るのは比較的裕福な家族に限られ、貧困層への支援になっていないため、出生率上昇への寄与は少ない、という野党の批判もあり、著者らも伝統的価値観の強要に見える現在の政策に疑問を投げかけている。
 フィンランドはジェンダーギャップも少なく、出産や子育てに対する支援策も様々に行われているが、出生率は2010年から低下を続け、19年には日本と同レベル(1.35)になった。一般に先進国では男女格差が縮まるほど出生率は上がると言われてきたが、必ずしもそうではないようだ。その要因は子供を欲しがらない人が増えているからだそうで、「チャイルド・フリー」という選択肢が若者、特に若い女性の間で広まってきているという。現代に生きる先進国の人々は、個人の幸せを優先させるようになると、子どもを持つという負荷を避ける人が増えるということなのだろう。
 最後の章では「少子化が本当に問題なのか」について取材、考察していて、地球環境への負荷を考えれば、人口は減った方が良いという活動と、人口減少による経済的課題は労働生産性を上げることで克服できるという学説を紹介している。結論として著者らは、「少子化そのものを「悪」として捉えて無理に人口を増やすのではなく」、「子供を産みたい人が、子供を産むことができる社会、育てたい人が育てられる環境」、「子供を持たない選択をした人が肩身が狭い」思いをしない社会を作ることが重要とする。きわめてもっともな主張と思う。
 今後の日本では当分の間、出産可能な女性が年々減少することは確実であり、さらに移民はダメ、伝統的な家族形成以外はダメという保守的な政策を続ける限り、人口減少が止まる要因は今のところ見られない。では、どういう社会を目指すのか、について、本書に見解を載せている80歳の「新しい歴史教科書をつくる会」会長や70歳の私のような年寄りの見解は脇に置き、次の日本を担う人たちで議論し、考えて欲しいと切に願う。

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